突然だけど、私――加賀美百合(かがみゆり)には、小さい頃からお父さんがいなかった。
 いわゆる母子家庭ってやつで、ずうっとお母さんと二人で暮らしてたんだ。

 まだまだ日本では女の人が働くのって大変みたいで……。
 色んなアルバイトやパートを掛け持ちしながら、お金を稼いでくれてたの。
 
『百合は一人っ子で、お母さんしかいないけど、寂しい思いはさせないからね』

 その言葉通り、お仕事がない日は私といっぱい遊んでくれた。
 貧乏だから、他の友だちみたいにプレゼントをたくさんは貰えなかった。
 だけど、絵本や本を毎月1冊買い与えてくれて……。
 毎日、読み聞かせをしてくれていたんだ。

『人魚姫、かわいそう……影で色々王子さまのために頑張ったのに……』

 私がウルウル涙を浮かべていると――。

『百合だったら、どんな終わり方が良かった……?』

『そんなの決まってる! 人魚姫が生きて幸せになる終わり方! ちゃんと王子さまが人魚姫が頑張ってるのに気づくの……! それでそれで、ライバルの王女さまとも仲良しになるんだ! それとそれと、人魚姫のことを守ってくれた騎士様とくっついてもらって……!』

『ふふ、百合は面白いわね。面白いお話を考えるのが得意みたい』

『えへへ……』

 お母さんと過ごす毎日は、宝石箱みたいにキラキラしてたんだ。
 あと、お母さんが、口癖みたいにいつも言ってたっけ。

『百合のお父さんは最高に素敵な人なんだよ』

 お父さんのことよく知らないけれど、悪い人じゃなかったんだろうなって思う。
 
 私たちは貧乏だったけれど……。
 楽しく過ごせたのはお母さんのおかげだよ……!

 だけど……。

 お母さん、病気になったんだ。

 若いと滅多にかからないはずの病気。
 知らない間に進行しちゃってて、気づいた時にはもう手遅れだった。
 お母さん、なんとなくお腹が痛いって言ってたのに、気づいてあげられなかった……。

(ごめんね、お母さん……)

 そうして、ちょうど7週間前。
 お母さんは天国に旅立っていったんだ。
 大好きな大好きなお母さんが死んじゃって、心に大きな穴がぽっかり空いた。

(まさか急にいなくなっちゃうなんて……まだ信じられない……)

 アパートで待っていたら、今でも明るい声が聞こえてきそう。

『百合、ただいま! 夕ご飯作ってくれたの? ありがとう』

 ……って。
 だけど、待っても待っても、帰ってこないんだ。
 シーンと静まり返った部屋。
 ポツンと一人で過ごしていたら、どんどん涙がこみあげてくる。

「お母さん……」

 事情がよく分からないのだけど、お母さんは実家とは連絡をとってなかったんだ。
 当然、お父さんの親戚のことなんて分かるはずもない。
 
 だから――。

 私は15歳で天涯孤独になってしまった。

 もう私も高校1年生で、働ける年でもある。
 だから、市役所の人たちも、無理に私の親戚たちを探すようなことはしなかった。
 だけど、貯金がなかった。
 まだ若かったし大きな保険にも入ってなかったから、私は無一文に近い状態になってしまったんだ。


 ――学校辞めて、働かないといけないのかな……?


 困っていたら、ふと、お母さんが生前「何かあったらこの人に連絡して」って連絡先を渡されていたことを思い出したんだ。
 知らない人に頼るなんて出来ない!
 そう思ったけれど……。
 アパートの大家さんから、お金が払えないなら出て行ってもらわないといけないって言われちゃって……。
 おそるおそる電話したら、男の人が電話に出たんだ。

「もしもし? え? ああ、君は#加賀美__かがみ__#の……」

 優しい雰囲気で渋い声のおじさん。
 そう言えば、お母さんの病院にお見舞いによく来てくれていた男の人だ。
 
 ――まさか、私のお父さん……?

 そんな風に思っていたけど、さすがに違うみたいだった。
 おじさんが私に声をかけてくる。

『百合さん、行く宛てがないのかい?』

「はい、そうなんです」

『そうだ。あのね、僕が海外出張でしばらく家を空けないといけないのだけど……僕の家に住み込みで家事手伝いをしてくれないかい?』

「ええっ……!??」

 思いがけない話だったけれど、話を要約したら、住み込みの家政婦さんとして雇ってもらえるみたい……。
 しかも、高校の授業料と生活費も立て替えてくれるんだって。
 それはさすがに申し訳ないって伝えたら、大人になって返してくれたら良いからって言ってくれた。

「本当にいいんですか?」

『ああ、いいよ。加賀美との契約みたいなものがあるからね』

 ――契約?

 なんだろうとは気になったけれど、行く宛てが決まって頭がいっぱいになってしまって、私は聞くのを忘れてしまった。

『あと、百合さん。僕には息子がいるんだけど、そいつの世話をしてやってほしい』

「息子さんですか……?」

『そうそう。よろしく頼んだよ――そうだ、さっそく、家の場所を教えるから。あれ? スマホ持っていないのかな? じゃあ、口頭で……電車を乗り継いでもらって……』

 息子さんの世話って言ってたから、ベビーシッターさんの代わりなのかな?

 そうして、おじさんとの電話は切れた。

(高校に通うお金のことも心配してたけど、大丈夫になって嬉しい……!)
 
 私のことを雇ってくれる新しい場所で、役に立てるように頑張るぞ……!!

 そうして、荷物いっぱい準備をして……。

 私はお母さんとの思い出がいっぱいのアパートの扉を開けた。

 まだ空は明るくて青い。

(おじさんの息子さん、可愛い弟くんみたいな感じだったら嬉しいな……)

 決意を新たに、私は外に向かって飛び出した。


 ――まさか、おじさんの息子の正体が()だとは思いもせずに――。