朝早くに起きて、味噌汁とご飯を作ったのだけれど、瀬戸先輩の姿はどこにも見当たらなかった。
「瀬戸先輩、朝からどこに行ったんだろう?」
そんなことを思いながら、キョロキョロしていると――。
ガチャリ。
玄関の扉が開く音が聞えた。
帰ってきたのは、もちろん探し人の瀬戸先輩だ。
「あ! お帰りなさい!」
思いきって声をかけたんだけど、なぜか相手から返事がない。
私、変なこと、言ったかな……?
そうしたら――。
「おう……ただ……いま」
歯切れの悪い返事があった。
瀬戸先輩を見たら、なぜだか明後日の方を向いている。
外の風が寒かったのか、顔が真っ赤だ。
「大丈夫ですか? 顔が赤いですけど、風邪ですか?」
そう言いながら、彼に近付いて、そっと手を額に差し出した。
すると、スライドステップよろしく避けられてしまった。
「待て! 大丈夫だ!」
「本当にですか……?」
お母さんが病気で亡くなったこともあって、瀬戸先輩も具合が悪かったら心配だなって思ったの。
「その、だな……」
「……?」
「お帰りって言われるのに慣れてないだけだよ!!」
そう言うと、ますます瀬戸先輩の顔が真っ赤になっていく。
「ええっと……」
「しかも、エプロンとかつけてくるから……別に、その、なんか新婚みたいだなって思ったわけじゃなくって……」
――新婚!!??
突然瀬戸先輩から、そんな単語が出てきて、なぜか私まで動揺してしまう。
「新婚だなんて、そ、そんなッ……!」
「いや、別に俺もお前が奥さんだったらとか、思ったわけじゃなくって……」
「お、奥さん……!??」
またもやパワーワード。
「いや、だから、別にお前を嫁に迎えたいとかそんなことは言ってなくって……」
なぜか今日の瀬戸先輩は饒舌だ。
「いえ、分かってます、エプロンが新婚さんみたいな感じだなってことですよね――ッ!」
その時、私は自分のつけているエプロンの柄を見て、はっとなってしまった――。
――国民的アイドルのネコとイヌのイラストが描かれている。
小学生の家庭科の授業で作ったエプロンを着ていたよ……!
中学生や高校生って、もっとキレイめなエプロンをつけたりしているよね……。
なのに私ときたら……!
でも貧乏だし、それに、このイラストのキャラクターのこと、子どもの頃からずっと好きなんだもん!
だけど、やっぱり子どもっぽいって、思われちゃうのかな……。
一人で百面相をしていたら……。
「どうしたんだよ、加賀美百合……お前こそ顔色悪いぞ」
「え? ええっと……その……」
思い切って打ち明けてみることにした。
「このエプロン、子どもっぽいですよね……!?」
「は?」
「中学時代も、同級生の女の子達から、ちょっと子どもっぽいって言われたりしていて……」
出会って数日しか経っていない瀬戸先輩に、謎の相談を持ちかけてしまった。
「ええっと、今のはなし! なしです! 気にしないでください!」
「ああ、確かに……」
ああ、やっぱり先輩もちょっと子どもっぽいって思ったよね。
少しだけガッカリしていた、その時――。
「別に似合ってたら、何でも良いんじゃないのか」
「え?」
ポツポツと瀬戸先輩が続けた。
「周りがなんと言おうと、自分が好きなものなんだろう? だったら別にそれで良いと思う。無理に周りに合せて苦しむぐらいなら、自分の好きなものを大事にして、好きなものは好きなままで良いって、俺は思うがな……」
――好きなものを大事にした方が良い。
――好きなものは好きなままで良い。
あんまりそんな風に周りに言われたことがなくって、なんだか胸がジーンと熱くなっていく。
「俺も、子どもの頃から好きなものは、やっぱりずっと好きだしな……」
瀬戸先輩が言ったことが私の胸の中に引っかかる。
だって、それって……。
先輩はバスケは嫌いになったって言ってたけど……。
本当は、先輩は……。
「そうだ、加賀美百合」
「え?」
「良い香りがする。腹が減ったんだ。俺に何か食わせてくれよ」
「……はい!」
なんだか先輩がさっき行ってみたいに新婚さんみたいだなって思いながら、私たちはリビングに向かったのだった。


