子どもの頃、お母さんと一緒に見た、テレビのスポーツ特集。
 ――バスケの試合。
 映っていたのは、自分よりもちょっとだけ年上の男子バスケット選手。
 短い黒髪に、少しだけ日焼けした肌、同い年ぐらいの男の子たちの中でも身長は一番高い。
 
『うわあ! すごい! なんでこんなに走って跳べるの!?』

 まるで魔法使いみたいに自由自在にボールを操っていた。
 何よりも気になったのは、男の子の表情。

『1点差で負けてるのに、なんでこんなに楽しそうに試合で頑張ってるの??』

 そう、すっごく楽しそうにコートの中を駆けまわってたの。
 もう残り時間も少なくって、試合自体にも負けちゃってるのに……。

『この男の子、バスケのことが、大好きで大好きでしょうがないって顔してる……!』

 画面越しにだって伝わってきた。
 バスケが好きっていう気持ち。

 彼の嬉しそうで楽しそうな顔を見ていたら……。

 私の心臓もドクンドクンと速くなって……。
 冬なのに、どんどんどんどん、体が熱くなっていったんだ。

『すごくカッコイイ! ね、お母さん!』

 そばにいたお母さんに声をかけた。
 だけど、返事がない。

『お母さん……?』

 ぼうっとしていたお母さんがハッとして、私の方を振り向いた。

『そうね、#百合__ゆり__#』

 どうしたんだろう?

 そんなことを思っていると――。

 10秒、9秒、8秒……。

 ついにはじまった試合終了、運命のカウントダウン。

『可哀想だけど、負けちゃう……』

 そんな風に思っていたんだけど――。

 男の子はドリブルしながら、ひょいひょいって他の男の子たちの間をくぐり抜けていって……。

 同じ人間だとは思えない。
 素早くって勢いがあって……。
 まるで獲物を追いかける肉食動物――黒ヒョウみたい!

 そうして、ゴールの前に立つ敵の前で、高くジャンプしてボールをシュートした!

 ピピ――っ!!

 笛の音が鳴り響く。

 残念だけど、時間切れ。

『ああ、やっぱり負けちゃった……』

 その時――。

 シュパンッ!

 ボールがゴールの中に入った。

 同時に――。

 わああああ――!

 皆の歓声が上がりはじめる。

 それは波のようにどんどん広がっていって……。

 さっきの男の子が嬉しそうにぴょんぴょん跳ねて、仲間の皆に揉みくちゃにされている。

『ど、どういうこと……?』
 
 すると、お母さんが真剣な表情で教えてくれた。

『ブザービートよ』

『ブザービート?』

『そう。試合終了と同時にボールを投げてシュートを決めることよ』

『どういうこと……? つまりどうなるの? 今のは点数になったの?』

 すると、お母さんが私の方を見た。

『そうよ。#百合__ゆり__#が応援していた男の子のチームが勝ったの……逆転勝利よ!』

『逆転勝利……!』

 じわじわ後から嬉しさがこみあげてくる。
 運動音痴だから、全然スポーツとは縁がなくって……。
 バスケのことはよく分からない。
 だけど――テレビ越しにものすごい熱い何かを感じた。

 大好きって気持ち画面越しなのに、バシバシ伝わってきて……。

 こっちまでどんどん気持ちが上がっていって……。

 最後まで諦めないのって大事だなって、とっても思ったんだ。

 テレビ越しにインタビューを受けている男の子のユニフォームに書かれた名前。

 目を凝らしたら書いてあった。

 ――SETO
 
 習いたてのローマ字を解読する。

『せ……と……』

 どうやら1歳年上みたいだって分かった。


『私もこの男の子みたいに、何かを好きって気持ちを大事にしたい! そうして、私も夢中になれる何かを見つけるんだ!』


 熱気がすごいテレビの前、ぴょんぴょん跳ねながら宣言したら、お母さんが笑っていた。



***



 まだお母さんが生きていた頃の大事な思い出。

 あれから数年……。

 憧れていたバスケ少年と思いがけない出会いを果たす。

 そうして、あんなにバスケが大好きそうだったのに、『バスケなんて嫌いだ』なんて言われてショックだった。

 だけど、彼は……。

 まさか私と出会ったことで、彼の将来を大きく変えることになるなんて……。

 この頃の私は思ってもみなかったんだ。