「そ、それは――」

間違った情報のままでいさせるわけにはいかない。
桐谷さんは私を抱きしめたことは否定しているわけだし、少なくとも自分から縋りついたことは事実。
これ以上、桐谷さんに余計な迷惑をかけたくはない。

どうしよう。どうやって、説明しよう――。

高速回転で考えを巡らせた。

「私が、一方的に桐谷さんのことを好きなだけです……っ!」

その結果、この口がそう告げていた。
結局、あるがままの状況を伝える以外の方法が見つからなかった。

「でも、小森さんの思う通り、桐谷さんが私を相手にするはずもなくて。あの時も、私が強引に抱き付いたんです」
「は、はぁ……?」

アホだ――。

自分で言っていて恥ずかしい。どうしてこんな恥ずかしいことを、小森に報告しなければならないのだ。

誰にって、私が桐谷さんを好きだということを、小森に一番知られたくなかった。

「桐谷さんのこと好きって、強引に抱き付くって……そんな大人しそうにしていて、信じられない……」

小森の唖然とした顔が、目に痛い。

「私が桐谷さんのことを狙っているって話をしても、我関せずって感じだった。一体、何考えてるんですか」
「それは、小森さんが勝手にその話を始めただけです。私が聞き出したことでもない。それなのに、私が自分のことを話す義務はないと思います」
「何、それ!」

小森の表情が怒りに歪む。

「小暮さんって、結構大胆な人だったんですね。でも、大丈夫ですか?」
「大丈夫って、何がですか」
「もっと自分を客観的に見た方がいいってことです。もっと自分を大切にした方がいい。そんな風に、人生回り道している場合ですか」

それは、桐谷さんに恋をしていることについてでしょうか。私の年齢についてもご心配していただいているということでしょうか――?

「よ、余計なお世話だと思います」
「桐谷さんだって、適齢期の部下に迫られたら、きっと困ると思います。忙しい桐谷さんにこれ以上負担を増やすのは申し訳ないと思わないんですか?」

う――っ。

何、その言い方。めちゃくちゃ腹立つんですけど!

でも、痛い所を突かれたのも事実で、苦し紛れの言葉を吐く。

「で、でも、恋愛対象としては見てもらえていませんが、仕事上では信頼関係を築けています。だから、だ、大丈夫です」

子供か――。

つい張り合ってしまう。そんな私を小森が射抜くように見て来た。

「小暮さんにはいつもお世話になっているし、とっても大好きでした」

それは、”都合が良かった”の間違いではないでしょうか。

「でも、先輩だからと言って、遠慮したりはしません。私は、私を分かっていますから」
「ど、どうぞ。私には関係ないことです。そんなこと私に言う必要もありません」

そう言い放ったら、小森はもう何も言わずに大股で立ち去った。


その後、あの小娘はあざとく桐谷さんを捕まえて、最強の女子アナスマイル攻撃をしていた。グラスを片手に立っていた桐谷さんに、さりげなく頭を傾ける。

『あっ、すみません。ちょっと酔ってしまったみたいで』

なんて言ってるのだろうか。

クソだ。

勝手にアテレコをして醜い怒りを大きくする。

その手を離せ。桐谷さんに馴れ馴れしくないで――。

わざと私に見えるところで、これまで以上にスキンシップを図る小森に、私はただの”嫉妬まみれ婆”妖怪と化していた。