さっと後ろを振り返る。

誰もいない。もう一度前を確認する。桐谷さんしか歩いていない。つまり、この長い廊下には私と桐谷さんだけだ。

それに、すぐそこには、スタッフが休憩するためのカフェテリアがある。ガラス張りのその部屋に瞬時に目をやる。比較的遅い時間のせいか無人だ。

舞台は整った。あとは、私の決意次第だ。

でも、心の準備もできていなければ、プランも何もない――。

つい及び腰になるいつもの弱い自分に喝を入れる。言い訳ばかりを探してこのチャンスを逃したら、私はきっと変われない。

昨日までの自分とは決別すると決めたではないか――!

行くんだ。殻を脱ぎ捨てろ。別人になれ。


私のような人間には、勢いが必要だ。策士にもなれないし、経験もスキルもない。あるのは、妄想力と決意のみ。これまでの人生で感じたことのない激しい鼓動が私の身体を覆い尽す。

一歩、また一歩と、縮まる距離。

どうする? どうする? どうするの、華――!

胸に抱き締めたバッグを、すがるようにぎゅっと抱きしめる。

あと数歩で、すれ違う。

華――!

鼓動の間隔が短くなって、身体が打楽器になったのかと錯覚するほどに乱打される。

相変わらずの麗しいスーツ姿が等身大になる。