見下ろす桐谷さんの目と視線がぶつかる。その目がほんのわずか見開かれた後、眉根がしかめられた。

その眼鏡越しの瞳――昨夜、私に向けられたのとまったく同じ眼差し。

こんなにも至近距離で見たことなんてなくて、その冷たくセクシーな視線に身震いする。黒縁眼鏡がその禁断の視線を囲い込む。

それに、この距離から見つめても耐えうる、なんて綺麗な肌。

鼻毛なんて1ミリも出ていないし、髭の剃り残しだってまるでない、少しの隙もない完璧な男――。

……って、ちょっと待て。桐谷さんの胸に身体を密着させるのは、いや、それどころか、桐谷さんに触れるの、初めてなんですけど――!

こんな体勢、夢でなら何度も見た事あるけれど、生身の体温を感じたことなんてない。
慌てて顔を俯かせる。心臓だけがバクバクと大騒ぎになっている。

今、私、
桐谷さんの胸に抱かれてる――。

爽やかな白地に薄い水色のストライプのシャツに、綺麗なシルバーのネクタイが間近にある。
あぁ、ほのかに何かのいい匂いがする。シトラス? ライム? もう、なんでもいい。

……だめだ。夢なのか現実なのか、訳が分からなくなる。

想像通りの、ほどよく硬い胸板が私の身体に伝わって来る。

たまらない。

このまま、強く抱きしめてほしい。幸いにも、不可抗力で身動きが取れない。
そのスーツに包まれた逞しい胸に守られて、なんだかフワフワして来た。

神様、お願いです。このままエレベーターを止めてしまってください――。

至福の状況に、夢見心地になる。そのせいで現実と妄想の境界線が曖昧になって、私の脳は違う次元を漂っていた。

その時、どこかの階に止まり、三分の一ほどの人がエレベーターから出て行く。そのせいで、身体の締め付けがなくなった。

もっと、その胸に身体に密着していたかった――。

「――君」

できることなら、もっとその胸に顔を埋めていたい――。

「値札」
「……え?」

まったく抑揚のない声で桐谷さんから吐かれた言葉の意味が、まるで理解できない。

そもそもそれが私に向けられたものだとも、分からなかった。分からなくて顔を上げれば、私を見下ろしているその目に吸い込まれてしまう。

その目が私に向けられて、正気でいられるはずがない。