「お父さん、いくらなんでも泣き過ぎよー」
「泣いてない。泣いてない。泣くもんかー」

披露宴を終えて、親族控室で父と母がじゃれあっている。

(みやび)もいい歳だ。ほっとする気持ちはあっても、寂しいなんて気持ちは決してない!」
「はいはい、そういうことにしておきますよ」
「本当だ!」

いや、泣いてますから。
父の目はうさぎかって言うくらい、赤い。

「……って、何よ、あんたまで泣いてたの?」

母が父から私へと視線を移した。

「新郎新婦とお父さんに気を取られてて、あんたのことまで見てなかったわ」

家族にまで存在感の薄さを露呈している。

「べ、別に、ちょっとうるっとしただけです」
「それにしては、酷い顔になってるわよ。目の周り、真っ黒」
「え……っ!? や、やだっ。いつからよ」

慌ててバッグから鏡を探す。

本当は、自分でも自覚がある。披露宴中盤から、私は泣き続けていた。
子供の頃からのビデオとか、両親への感謝の手紙とか、もう無理だった。そのビデオとも手紙とも、まるで別の映像と文字が私の頭の中では流れていた。

私にとって、両親よりもむしろ姉と過ごした時間の方が圧倒的に長い。
大学に入った年から、東京で二人で暮らして来た。面倒もかけたし心配もかけた。出来損ないの妹を、いつも見守ってくれてきた。

そんな、二人で暮らして来たどうということもない日常ばかりを思い出していた。

「華! おまえはどうなんだ。次はおまえの番だぞ。もう雅もいない。自分の力で生きてかなくちゃいけない。これまでみたいに何も考えずに生きていたら、時間なんてあっという間に過ぎてだな――」
「――すみません、失礼致します」

父が自分の涙を誤魔化すべく、矛先を私に変えたところだった。小暮家の控室のドアをノックする音がした。

「はーい」

母が応対に出る。

「お客様がお見えになっておりますが、お通ししてよろしいでしょうか」

ドアの向こうで、式場の係の人と思われる人がそう告げている。

「お客様?」

母がドアを開けると、やはり係の人だった。

「御新婦の雅様から、こちらにお通しするようにと、事前にお話を承っておりました」
「そうなんですか……あ、そう言えばそんなようなこと言ってたかしらね。どうぞ、お通しになって」

お客様って、誰よ。姉の、友人か? 恩師か、同僚か、それとも生徒か。

誰か客が来るのなら、なおさらこの顔をなんとかしないと――。

そう思って私は部屋の隅へと逃げて、バッグを漁っていた。

「――失礼致します。このようなおめでたい場に突然参りまして、申し訳ございません。初めまして、桐谷と申します」

桐谷?
桐谷……。
桐谷――?!