「君は一体、何をどこまで聞いたんだ? 彼女が、君に何か言ったのか……?」

その目がはっとしたように変わる。

「桐谷さんは、河本さんのことを本当に大切にしていたし、結婚まで考えていた。そんなに愛していたのに、彼女は他の人のところに行ってしまった。
裏切られることがどれだけ辛いことなのか、桐谷さんが一番分かっている。だからこそ、絶対に私に同じことをしてはいけないと思ってる。でも、違いますよ。私を裏切ることになんてならない。全然違います」

大好きだから、足枷にはなりたくない。

桐谷さんに恋したことに後悔なんて一つもない。失う恋でも、恋して良かったと思える。

そう思えるのは全部、桐谷さんのおかげだ。
だから、この先も、この恋に後悔したくない。

「私、もう桐谷さんからたくさんのものをもらってるんです。見るはずのない夢も見れた。最高に幸せな思い出も残ってる。私は得た物ばかりです。桐谷さんには、仕事でも女としても、成長させてもらえた。感謝しかないです。だから、もう自分を縛り付けないで。私への責任は十分に果たしているんです」
「華――」

桐谷さんの腕を掴みながら俯く。涙を見せたくないからだ。

「河本さんとは、桐谷さんが嫌いになって終わった恋じゃない。あの時の行き場のなかった想いは、まだ過去に残したままなんじゃないですか? 
過去の傷にケリを付けないままで私といたら、きっと後悔する。桐谷さんも、私も」

振り切るように、桐谷さんの身体から離れた。
そして背を向けて、明るい声を張り上げた。

「私のことは心配いらないですよ! この先、結構上手くやれると思うんです。もう処女じゃないし、恋愛初心者じゃないですからね」
「君は、何も分かっていない! 人の気持ちを勝手に決めつけるなよ」

桐谷さんが私の腕を掴む。

「華は? 君の気持ちは? もう僕に対する気持ちはなくなったか?」
「好きですよ……っ!」

もう堪え切れなくなって、大粒の涙が零れ落ちて行った。

「前も今も、恥ずかしいくらいあなたが好きだって言ってるじゃないですか! 本当に好きだから、幸せになってもらいたい。ちゃんと、自分の幸せを手に入れてほしいって言ってるんですよ」
「――分かった」

桐谷さんが私の腕を捕まえたまま、低く張り詰めたような声で言った。

「君の気持ちは分かった。僕が思っていた以上に、君に辛い思いをさせていたということも分かったよ」

強く私の腕を引き寄せ、真っ直ぐに見下ろす。

「男としてケリをつける。その時、僕の出した答えを君は何があっても受け入れる。拒否することは認めない。いいな?」
「分かってます。その覚悟はできています」

それが、私の出した結論だ。
桐谷さんの心が出した結論なら、私は迷わず受け入れる。