「桐谷さんの優しさが嬉しくて、大事にしてもらえるのが幸せで。一緒に過ごせる時間を失いたくなくて、狡いことや卑怯なことばかり考えていました。付き合うことが出来てからは、今度は桐谷さんの責任感や優しさを利用したんです。桐谷さんの本当の気持ちを考えることを避けていました」
「違う。違うよ、華」

桐谷さんの腕が私を締め付けるみたいにきつく抱きしめる。

「桐谷さんは真正面から私と向き合おうとしてくれた。それなのに、私は桐谷さんのために何をしたのか。自分のことばかりでした。結局、そんな自分が一番嫌だったんです」

卑怯な手段で始めたことなら、せめて桐谷さんに少しでも笑ってもらいたい。
そう思ったけれど、結局それが、桐谷さんを縛り付けることになったのかもしれない。

「悩んで葛藤して、思ったんです。大人の女にはなれないけど、私は私なりの誠意で、桐谷さんに向き合いたいって。全部正直に話をする、これが私の誠意です」

その愛しい人の身体を抱きしめる。

どうか、私の想いを受け止めて――。

「だから、桐谷さんも、ちゃんと自分の気持ちと向き合って。怖いかもしれないけど、本当はどうしたいのかをちゃんと考えて」
「僕は、君のことが好きだと言った。どうして、それが信じられない?」

桐谷さんが乱暴に私の両肩を掴み声を荒げた。

「信じてますよ。桐谷さんが私のことを好きだと言ってくれたこと、それが嘘だとは思いません。本当に、桐谷さんは私のことを好きになってくれた。だから、付き合ってくれた」
「だったら、どうしてそんなことを言うんだ? 僕がこの先一緒にいたいのは、君だ」
「その気持ちとは別のところ、心の奥深くにありませんか? 河本さんのことを想う気持ち、残っていませんか。無理矢理に蓋をしていませんか?」

ずっと、心の中にあった苦しい想い。
桐谷さんに考えてほしくなくて、気付いてほしくなくて、怯えていた。

「残ってないよ。僕には君だけだ――」
「じゃあ、どうして河本さんと話をした後、あんなに苦しそうな顔をするの? どうして、離婚したと聞いて思い悩むんですか? 本当は河本さんのこと、心配でたまらないはずです。一人になった彼女のこと、そばで見守ってあげたいはずです。桐谷さんは、そういう人だから」

その腕にしがみつくみたいに、きつく掴む。