「ちょっと! 朝帰りのこと、まだ全然納得してないんだからね。ちゃんと説明しなさい……って、どうしたの?」
「何が?」

帰って来るなり玄関にやって来て大声を上げたかと思ったら、姉が私の顔を凝視している。

「魂抜き取られたみたいな顔して……」
「ああ……」

パンプスを脱ぎ、ふらりと姉の横を通り過ぎる。

「確かに、今の私、魂不在かも。自分でもまだあんまり整理できていないから、整理出来次第、改めて報告します。では、おやすみなさい」

振り返り、姉に頭を下げる。

「ちょっと、どういうこと? 気になるじゃない!」

背後で騒ぐ声を無視して、自分の部屋に戻る。

良く考えてみたら、昨晩からちゃんと寝ていない。

とにかく、寝よう――。



翌朝、出勤して、私は事の重大さを改めて実感する。

「――桐谷さん、ロンドンからお電話です。NNシステムのロンドン支社の四半期レビューのことで相談したいとのことです」
「分かりました。電話、回して」

スタッフの会計士に指導している間にも、いくつも電話がかかって来る。桐谷さんがデスクにいる間、ひっきりなしに電話がかかり、会計士たちが指示を仰ぎに来る。息する暇もないんじゃないかと思えるくらいだ。

「桐谷さん、クライアントのJSKからお電話ですが――」

電話中の桐谷さんにお構いなく電話を取り次ごうとするスタッフに、桐谷さんが会話を途切れさせることなくメモを書いて、スタッフに渡していた。

「桐谷君、先日のミーティングの時の君の提案だけど、上の評価が高くてね。具体的にもう一度詰めて説明をしてもらいたいんだが」

今度はパートナーかっ!

「――桐谷さんって、人の三倍くらいは働いてますよね。なのに、あの涼しい表情……。さすが、デキル男は違いますね」

背後から小森の声が聞こえて来る。

本当に。あの人が私の恋人だなんて、大丈夫なのか、私――。

絶対、私と桐谷さんの関係は秘密にしておきたい。

今振り返ると、四月の自分が恐ろしい。

どうしてあんなに怖いもの知らずだったんだ?

ほとんど会話をしたこともない、スーパーエリートに恋人になってくれとか。
信じられない。そして、それが現実になって、事の重大さを知る。

――それに、だ。