「……そうだね。私はあんたにやりたいようにしたいようにさせて来た。それなのに、自分が結婚するからって急にそんなことを言い出すのは、都合が良すぎるよね。でも、それは現実だから。華には、ちゃんと幸せになってほしい」

ばか――。

これから幸せになるのはお姉ちゃんの方じゃないか。

「ごちそうさま。もう遅いし、明日も早いから寝る」
「う、うん。おやすみ」

どうしてもこれ以上その話をしたくなくて、私はどんぶりをシンクに運びダイニングから飛び出した。


シャワーを浴びて自分の部屋に戻ろうとした時、リビングから姉の声が漏れて来た。

「――うん。今日、華には伝えたよ」

電話か――。

リビングの扉から様子をのぞくと、スマホを耳に当ててソファに座っている姉の姿が見えた。

「違うって。そんなんじゃない。ちゃんと、嬉しいし喜んでる!」

そのまま部屋へ戻ろうとした時、姉の焦ったような声が飛び込んで来た。

(さとる)と結婚できること、本当に嬉しいと思ってる。ずっと待たせていたのに愛想尽かさずに待っていてくれたことも、本当に感謝してるの。それだけは信じて」

え――?

姉の言葉に、私の足が止まる。

待たせていたって、お姉ちゃんが一方的に結婚を先延ばしにし続けて来たってこと――?

姉は大学を卒業してから高校の教員をしている。姉に恋人がいることは知っていた。大学時代の同級生だと聞いている。

でも、姉はあまりそういう話題を家でしない。だからか、姉からは恋愛の匂いがまったくしなかった。
それでもたまに『結婚しないのか』と、大して興味もないまま聞いたことがある。
そうすると、決まってこう答えが返って来た。

『今は、彼も私も仕事が忙しくて。そのタイミングじゃないんだよ。お互いまだ結婚願望もないしね』

結婚しないのは、二人の意思なのだと思っていた。

「……ただ、華が思っていたより動揺しているみたいで。それが心配なだけ」

私のこと――お姉ちゃんは、もしかして私のせいで結婚を引き延ばしていた――?

ふと浮かんだ考えを、すぐに否定しようとした。

「分かってる。明日で華も28だし、私がいつまでも面倒みているのも華にとってよくない。悟のことも大事だよ。だから、私も決心したんだから」

“悟のことも大事だよ"

その言葉がすべてを物語っていた。ふと浮かんだ考えが、間違っていないということを教えていた。