遠ざかって行く働く男の背中を、胸を焦がしながら切なく見つめる。
そんな梅雨の晴れ間の穏やかな日のことだった。

「――皆さんに紹介します。今日から、この監査事業部で新しく派遣社員として働いてくれることになった河本若菜(こうもとわかな)さんです」

監査事業部の広いフロアで、スタッフが集められた。

「ただいまご紹介に預かりました、河本若菜です。監査法人での勤務は初めてで、右も左も分からない状態ですが、精一杯頑張りたいと思います。ご指導よろしくお願いします」

そうして現れた女性は、小森のような華やかさはない。でも、そこはかとただよう儚げな雰囲気が、目を引いてしまう。
清楚な容姿が、女性としての感じ良さも表していた。

「――私、ああいうタイプ、一番苦手です」

私の横で、小森が仁平さんに囁いている。

「庇護欲をかき立てられる感じのタイプが好きな男は多いよね……」

仁平さんも小森に顔を近付けてそう言っていた。

桐谷さんも、やっぱりああいうタイプの女性が好きなのかな――。

そう思って、無意識のうちに桐谷さんに視線を向ける。

桐谷さん――?

桐谷さんの表情に胸が鋭く痛む。
なんだろう、この痛み。
新しく現れた女性に向けられていた視線を、桐谷さんは明らかに外した。そうして少し俯かれた表情はこちらからははっきりとはうかがい知れない。
ただ、それだけ。

それに深い意味があるのかどうかも分からないのに、どうしてこんなにも胸がざわつくのだろう。

それは、
その桐谷さんの表情が仕事上のものとは思えなかったから。

良く見えないはずなのに、初めて知る男の顔に思えたからだ。

「最大の敵は、あの人かな――」

小森が仁平さんに話しながらも、その目は私を見ている。

どうせ、私は誰のライバルにもなり得ませんよ。

小森に視線を返してやる。


一通りの挨拶が終わると、心ここにあらずの私の元に、まさにその人、河本さんがやって来た。

「僕たちのチームで小暮さんと同じアシスタントをしてもらうことになったから、必要なことを教えてあげてくれるかな」

来栖さんに伴われてやって来た彼女を改めて見つめる。

「こちら、小暮華さん。河本さんと二人でアシスタント業務をしてもらうことになります」

来栖さんがそう説明すると、彼女がふんわりとした笑みを私に向けた。
笑うとひどく幼くなる。それに、また私はドキリとした。

「河本です。これから、いろいろとよろしくお願いします」
「は、はい。こちらこそ、よろしくお願いします」

慌てて頭を下げた。

嫌な緊張を感じる。
この人は、桐谷さんの知り合いなのか、そうじゃないのか気になって仕方がない。

でも、すべては私の想像でしかない。
そんな突拍子もないことを聞けるはずもない。