我がセントラル監査法人に、ひと時の平穏な日々が流れていた。

監査事業部では、向こう一年間の監査計画が立てられ新たな監査チームが編成された。


「――小暮さん、今度、来栖さんのチームになるんだって?」
「き、桐谷さん!」

総務からの帰りで、廊下を歩いている時だった。後ろから突然話し掛けられたと思ったら、その姿がすぐ隣に来る。

「はい。そうなんです」
「来栖さんなら女性に優しいし、君も楽しく仕事出来るかもな」

桐谷さんを見上げると、にやりと私を見ていた。

「い、いえっ。私は、優しさよりも桐谷さんの厳しさを好んでいますから」

自然と私に歩幅を合わせ、歩いてくれる。
もう季節は初夏だというのに、スーツをきっちり来ていても爽やかさを失わない。むしろ、涼しい風でも吹いて来そうなくらい。
ライトグレーのスーツが超絶イケメンぶりを際立たせる。

「それはどうも」
「本当です。私の気持ちは揺るぎません。どんなイケメンが現れても桐谷さんだけを――」
「はいはい。でも、僕に気を遣う必要はないですからね。来栖さんの魅力に心奪われたら、いつでも僕のことは忘れてください。小暮さんの幸せを祈っていますよ」
「そ、そんな……っ」
「じゃあ、仕事、頑張って」

その背中は既に私の前にあった。

く――っ。

いつ見てもどこから見ても、その背中もいちいちかっこいい。
こうして、いつだって私の想いはかわされてしまう。

来栖さんなんかに、心奪われるはずないじゃないか――。

桐谷さんは、こうやって私をからうのだ。
でも、以前なら、仕事の用件以外で桐谷さんから私に話しかけてくれることなんてほとんどなかった。
今では、こうして何気ない会話をしていても驚かなくなった。
それほど自然に、桐谷さんは私に声を掛けてくれる。

桐谷さんの中で、私の位置づけが少しは変わったと、そう思ってもいいですか。
可能性はゼロではないと、そう自惚れてもいいですか――?