蓋を開ければ、一泊二日の弾丸キャンプである。
一人で廊下を歩いている時に、すれ違った火宮家の者に。
「何か見たか」
と、怖い顔で脅されたので。
「何も見ていない」
と答えた。
あとで聞いた話だが、咲耶の暴走は、悪霊に操られたものとされたらしい。
全身火傷の人に会ったのは、暴走の後。
むしろ、全身火傷の人に会って正気に戻った気がしなくもないが。
わがまま姫のせいで、罪を着せられて可哀想に。
彼女の美意識に反するだけで、あそこまでの殺意を向けられたと思うと、恐ろしくもある。
あの悪意は本物であったと、対峙した私は感じているが、今となっては真実は闇の中。
月の光も届かない、深い森に覆い隠された。
だが、心配はないだろう。
私の隣には、頼りになる先輩がいる。
私の部屋で涼む桜陰先輩を見ていたら、気づいた彼が横目で見て、鼻で笑う。
「はんっ。俺様の顔に見惚れていたか。いいぜ、好きなだけ見ろよ。この、神が作りたもうた最高傑作!」
むかっときた。
確かに、先輩の顔は咲耶と並んでも、見劣りすることはないだろう。
しかし、他人が思うのと、自分で公言するのとでは、受け取り方がまるで違う。
「調子に乗るんじゃないですよ。私は弟君の顔の方が好きですよ」
心にもないことを言った。
後悔はしている。
鳥肌がすごい。
先輩がみるみる不機嫌になるのがわかる。
「あァん?」
この、俺様で柄の悪いこと。
「表出ろ、教育してやる」
「嫌だなぁ、稽古場使えないでしょう?」
「ご主人様! あいつらでかけてったよ。けいこばあいてるよ!」
タイミングよく、中型犬ヨモギ君が報告に来た。
先輩は凶悪な笑顔を浮かべて、私をお米様抱っこで捕獲した。
動きが見えなかった……。
こうなっては逃げることはできないと、経験上知っている私は、無駄な抵抗をやめる。
体力配分大事。
視界の端に映るイカネさんは、美しく微笑んでいた。
かわいい。
心のアルバムに新規追加しておく。
イカネさんの応援があれば頑張れる。
今日こそは先輩に一撃、いや百発入れてやる。
今はまだ、夢のまた夢であっても。
それくらいの気概でという、気持ちだけでも、負けてなるものか。
「……………お手柔らかに」
涙目になった。
………頑張れよ、私の意志、弱。
「バーカ。戦場では通用しねぇよ。お前の妹なら大歓迎だが、俺様を誘惑なんて、一生早い」
来世に期待。
言ってる場合か。
「ぜってーしばく」
「やってみろ」
余裕の笑みで、稽古場まで連行される。
この俺様大魔王に絶対膝をつかせてやる。
数分後、稽古場からは、火宮桜陰の楽しそうな声だけが響いていた。