玄関を上がり、大広間を通り過ぎて離れの方へ。
桜陰の部屋の隣に案内された。
「ここを使って」
「ありがとうございます」
「咲耶と、お義父さんとお義母さんには別の部屋を与えてるから。探さなくていいからね」
「わかりました」
頭を下げると、弟君は去って行った。
角の向こうから入れ替わるように先輩がやってくる。
「お隣ですね。しばらくよろしくお願いします」
「……………」
「………そんな怖い顔をなさらないで。引越しマシュマロいりますか?」
「……………説明してもらおうか」
「説明って……ちょっ!?」
手首を掴まれ、先輩の部屋に引っ張り込まれた。
「おかえりなさいご主人様!」
「ああ」
「ぐべっ!」
足を引っ掛けられ、バランスを崩したところを仰向けにされ、畳に押し付けられる。
またがって動きを封じられたところで、顔の横に手をつき凶悪な顔で見下ろされた。
「俺様から逃げられると思うなよ」
「別に、逃げようとは思ってませんけど」
「言い訳無用!」
「むよう!」
先輩の真似をしたヨモギ君に足を押さえつけられた。
この人たちどうしよう。
どう説得するか悩んでいたら、先輩の追及が始まる。
「陽橘の言ってた、咲耶の家族って、どういうことだ? お前、コノハナサクヤヒメとどんな関係なんだ?」
私はため息をつく。
知らなかったのか。
言ってない気がしなくもないが、察してると思ってた。
「先輩の言うコノハナサクヤヒメは、私の妹です」
「…………………………………はぁ?」
「実の妹です」
ぽかんとした顔をされても困る。
言いたい事はわかりますよ。
あの天才的美少女と、私のような不細工が血の繋がっている姉妹だなんて信じられないでしょう。
「コノハナサクヤヒメの本名は、天原咲耶だろ」
「そうですね」
「…………お前、名前は?」
「天原月海」
火宮桜陰先輩と知り合っておよそ2ヶ月。
こんなタイミングで自己紹介をする羽目になるとは思わなかった。
「姉妹かよ! 言えよ!」
「言ったじゃないですか。また放課後にって」
「そんな意味だと思わねぇだろ普通!」
名乗る事により色々察してくれたのか、上から退いてくれた。
とりあえずその場に正座する。
そんなわけで、帰る家がないんですよ。
「ったく、心配して損した」
「損ってなんですか、損って。こちとら、弟君に燃やされないか心配で、怯えているというのに」
教えてくれてありがとうという気持ちと、知りたくなかった気持ちて二分されているが。
変に緊張して余計なことをしそうだ。
「お前、スサノオノミコトってこと、バレてねぇのか」
「どうでしょう。面と向かって言われた事はないので、見逃してもらえているのかもしれません」
「いや、あいつは絶対気づいてない。気づいてたら燃やされてる。少なくとも、外面対応はしねぇだろ」
先輩の言い分に、それもそうかとうなづいた。
「おそらく、他の火宮家のやつらも気づいてないな」
「といいますと?」
「今回の件、狙われたのは、多分お前だ」
「………先輩側につく人が弟君の失脚のため、咲耶を狙ったんでなく?」
「それはない。犯人は、陽橘派の中心人物。俺に乗り換えるより、俺の失脚を狙う方が効率的だ」
「スサノオノミコトが味方しているから、先輩の地位が見直されつつあるということで、スサノオノミコトを消せば、弟君の次期当主就任は確実?」
「だろうな。生まれ変わりと火宮家の者が近づくことを発動条件にしていたらしい。任務を終えた俺が、お前を家に送り届けることを想定して組まれた術だろう」
「どうして、スサノオノミコトを指名しなかったんでしょうか?」
「こういうものは、個人を特定するほど、必要霊力が多くなるんだ。それも生まれ変わりともなれば桁が違う」
「つまり、スサノオノミコト個人を狙うより、生まれ変わりと幅を持たせた方が、少ない霊力で発動できるということですね」
正解というように先輩は微笑んだ。
「生まれ変わりというだけでも少ないのに、火宮家の者と一緒いう条件までつけられている。ここまで絞れば、ほぼ確実にスサノオノミコトを狙える。なるほど確かに。コノハナサクヤヒメを狙うつもりはなかった、だな。敗因は、スサノオノミコトの家を知っていたが、コノハナサクヤヒメの家は知らなかったということのみ。実際の確率としては二分の一。ほんとお前、悪運が強いよ」
先輩は納得したようにひとりでうなづく。
結果的によかった事のはずなのに、褒められてないなぁ。
運が良かったとは、私も同意するけれど。
「そんで、今後のことだが、隣の部屋なら都合がいい。あいつらの隙を見て、稽古場を使おう」
「あ、訓練再開ですね」
中止と言ったり、再開と言ったり。
気分屋は困りますねぇ。
「陽橘の花嫁披露の時もコノハナサクヤヒメにバレることなく、今朝も俺が家まで送ってたら陽橘と遭遇していた。こんな近くにいたのに知られてない異常な強運。いや、運で片付けていいのか……」
先輩の呟きは聞こえてないことにした。
名乗るまで気づかない先輩も、なかなかのおとぼけさんだと思いますよ。
なんて言ったら殴られそうだ。
ひとまずは私に与えられた隣の部屋に荷物を置きに行こうと、先輩の部屋を後にした。