砂浜に降ろしてもらって、顔を隠していた前髪を横に払う。
夜の海、しかも海開き前で私たち以外に人はいない。
ここに来る前に任務だと言っていた。
前回は六本足の大型犬だったけど、今回は何と戦うんだろう。
海といったら、クラゲとか?
刺されたら痛いらしい。
ぼっちにとっては噂ばかりで経験はないけど。
いやでも、季節が違うか。
暗い海をぼんやり眺めていると、火宮桜陰が砂浜に棒で何かを描いていた。
呪文を唱えて、空気が変わる。
人避けの術だ。
「で、本日のご予定は?」
私は羽織を着た火宮桜陰に尋ねた。
いきなり大型の妖魔どーん!
と来られても困るのだ。
心の準備というものが必要なのです。
「わからん」
「はあ!?」
連れて来といて、わからんとは何事だ。
「いつもは陽橘の仕事なんだが、今日はコノハナサクヤヒメとデートらしい」
今日もだろう、と内心つっこむ。
「弟君、任務してるんですか?」
毎日うちに来ているらしいし。
「いつもコノハナサクヤヒメと遊んでるイメージなんですけど」
「あいつの任務はコノハナサクヤヒメを捕まえておくことだからな」
彼女とキャッキャウフフするのが任務なんて、面食い脳内お花畑相手になんと楽な。
火宮桜陰は、右手に鈴を、左手に刀を構えた。
「これからするのは、海開き前に、海へといざなう者を鎮めるための儀式」
手だけを捻って鈴を鳴らす。
潮騒だけの海に響き渡った。
「この成否は、この海の事故件数に関わってくる」
「結構重要そうな任務じゃないですか。いいんですか? 先輩がやってしまって」
先輩を舐めているわけじゃない。
術が苦手な先輩が任されていいのかという純粋な疑問だ。
「俺様には、海の神がついている」
ニヤリと不敵な笑みを浮かべる彼に、私も自信を持って微笑み返す。
「ここまで言われちゃあ仕方ない」
スサノオノミコトは海の神。
いわばホームグラウンドなのだ。
期待には応えねばなるまいて。
「これから俺が神楽を舞う。襲いかかってくる奴は、斃せ」
羽織を靡かせ、海へと踏み出す火宮桜陰に。
「わかったよ、ご主人様」
ケモ耳美少年になったヨモギ君が。
「かしこまりました」
真剣な顔のイカネさんが。
「了解」
剣を握った私が続く。


