「桜陰」
彼氏君が先輩を呼ぶ。
「………あー、呼ばれたから行くか」
次期当主の呼び出しには応じなければね。
「健闘を祈る」
「馬鹿、お前も道連れだ」
顔要員の出番だぞ、と。
二の腕を掴まれ、引きずられるように彼らの前に連行される。
嗚呼、あの人達に顔を見られたくないのに!
とにかく、前髪で目元を隠して、口元には布を巻く。
簡単な変装を終えたところで、彼らの前に着いた。
「次期当主様におかれましては、此度の花嫁の獲得おめでとうございます」
火宮桜陰が跪くのを隣で真似る。
「二人だけの兄弟なんだから、そんな畏まらなくていいよ」
「いえ、次期当主様ですから、当然のことです」
「そう? 弟なのに、ごめんね」
悪いとも思っていないくせに。
「隣は、兄さんの花嫁?」
「いえ、彼女は……」
「アタシの前では、みんな醜いでしょ」
「無能と不細工でお似合いじゃないか、よかったね」
彼氏君にしなだれかかる咲耶が話に入って、二人して我々を虚仮にしてくる。
「僕の花嫁がコノハナサクヤヒメなら、兄さんのはイワナガヒメかな?」
周囲が堪えきれずに吹き出した。
「顔を隠しててもわかる不細工っぷりは才能だよ。誇るといい」
彼氏君は爽やか笑顔でとんでもないことをおっしゃる。
お似合いだよ、ほんと。
一通り周囲に笑わせて気が済んだのか、彼氏君が片手をあげて提案した。
「ここで余興といこうではないか。僕の咲耶姫と兄さんのイワナガヒメ、どちらが強いか」
「はぁ!?」
盛大な飛び火来た。
「待て! こいつは一般人だ!」
「次期当主の僕に命令するの?」
「……くっ」
「兄さんに関わった以上、もう一般人じゃないの。わかるよね」
火宮桜陰は、これ以上反論できず、引き下がる。
周りが囃し立てる中、先輩は手を握って励ましてくれた。
「………悪い」
「………ううん、わかってたことだよ」
俺様の盾になれなんて言っときながら、いざとなったら心配してくれるんだから。
素直じゃないなぁ。
私としても、妹に一泡吹かせてやりたかったからちょうどいい。
「焼きマシュマロが無駄じゃなかったことを証明しなきゃね」
「………それでこそ、俺の下僕だ」
ニヤリと笑う火宮桜陰。
……さっきの感傷を返してくれ。


