鼻を鳴らして先を行く彼に、中型犬が付き従う。
その後ろを私とイカネさんが並んでついて行った。
「月海さん、気を落とさないでくださいね」
「うん、ありがとう」
隣のイカネさんに気遣ってもらえただけで、少し気持ちが浮上する。
私の仲間はイカネさんだけだよ。
『月海さんの良さがわかる人に巡り会えていないだけですよ』
あはは。どうかな。
『なぜ、そう自信なさげなのですか』
否定される人生だったから、私の良さってのがあるのかいまいちわからないんだけど。
『わたくしを召喚できた。それだけで十分すぎる素質です』
イカネさんは、おだてるのが上手だね。私、木に登っちゃうよ?
『貴方が望むなら、空だって飛ばして見せましょう』
あははっ、イカネさんと一緒なら、なんでもできそうな気がするよ。
「おい、着いたぞ」
無言で歩くこと10分ほど。
といっても、私とイカネさんは心の中で会話していたわけだが。
火宮先輩の先導の先は空き地だった。
本当に、夜の犬のお散歩だったのか。
「失礼なこと考えてるだろ」
「……考えてないです」
「まあいい。とっとと戦う準備しろ。今からここは戦場になる」
「はあ!?」
この大魔王様、今なんと言いやがりました?
「わたくしを召喚したとはいえ、月海さんは一般人です」
「だからどうした。昨日のアレ見せられて、信じるとでも?」
「わたくしは嘘などつきません」
「力があるやつを遊ばせてやる理由はない。俺様のために役立ててもらうぞ」
なおも言い募ろうとするイカネさんの袖を引いて止める。
この理不尽俺様大魔王様には何を言っても通じまいよ。
「私のためにありがとう。また昨日みたいに、力を貸してもらえる?」
「もちろんです」
「ありがとう」
戦場になると言うんだ。
だったら私は生き残るために戦うのみ。
その方法がイカネさんに頼りきりっていうのが、不甲斐ないんだけど。
『わたくしの力は、主人である月海さんの力といっても過言ではありません』
過言だよ。
『貴方が祈るほど、わたくしは強くなれます。貴方の力です』
もう、褒めるの上手だなぁ。
『事実ですよ』
うふふと笑うこの人も、私を過大評価なされる。
それもこれも、全ては火宮桜陰のせいだ。
イカネさんと会うことが出来たのは有り難うだけど。
奴には、私をここに連れてきた責任がある。
今度、イカネさんなしでも戦える方法を教えてもらわなきゃ。
覚悟を決めたところで、周囲が黒く染まった。
だが視界は良好で、空には暗雲が渦を巻いている。
人避けの術だ。
昨日は不完全だって言ってたけど、これはどうなんだろう。
『完全とは言い難いですが、範囲はこの空き地のみに指定されているようです。範囲を絞ったことで術の効果も上がっていますから、一般人に害は出ないでしょう』
よかった。
ほっと一息ついて、気付く。
「私も善良な一般人なんだけど?」
「……そうでしたね」
イカネさんは苦笑して、氷の弓矢を作り出す。
火宮桜陰が中型犬の首輪の装飾を刀に変え、構える。
黒い靄が二階建ての家ほどある、六本足の犬の形をとった。
「行くぞ!」


