「…………」



「…………」



数秒見つめ合った後、彼は私を指さしてから、くいと曲げる。


来いよ、って言ってやがる。

ちくしょう……。

無かったことにはできなかった。


カーテンを閉めて、イカネさんに向き直る。



「月海さん……」



「……ごめんイカネさん。私が迂闊でした………」



あまりに情けない顔をしていたのだろう。

イカネさんは慰めるように抱きしめてくれた。

しかも、あたまぽんぽんのおまけ付き。

良い香りのする美人に慰められて、不謹慎ながら元気出た。


しかし、現実は厳しい。

家にいるのがバレたのだ。

立てこもりなんてしたら、即突入されてしまう。

家族に知られるのは避けたい。

しかも今は、妹の彼氏もいらっしゃるのだ。

もう、行くしかないじゃないか。

ああ、胃が痛い。


音をたてないように階段を降り、外に出ると、火宮先輩は中型犬を撫でていた。

ここだけみると爽やかイケメンなのに、私に気づいた瞬間、目つきが鋭くなる。



「よぉ。遅かったじゃねぇか」



「………すみません」



ちぢこまりながら、私にも犬に向ける優しさを分けてくれないかと思う。



「俺様の呼び出しを無視するとは、凡人のくせに良い度胸だな」



「すみません、気づきませんでした」



もう、理不尽俺様大魔王全開じゃないか。

行きたく無かったんです、なんて、小心者が口にするには勇気が足りない。



「他に言うことはあるか?」



「……どうして、私の家の前にいたのでしょうか」



「あぁ?」



「……っ!」



彼の求める質問ではなかったらしい。

だからって、そんな睨まなくてもいいじゃないか。



「んなもん、追跡アプリ入れたからに決まってんだろ」



「………そうですか」



人のスマホになんてもん仕込んでくれたんだ。

犬の鼻が利くと言われたほうがよっぽど良いわ。



「まぁいい。任務だ」



「はぁ………」



「俺の横を歩けるんだ。喜べよ」



「いや、結構………じゃなくて、いりません」



「照れるなよ。本当は嬉しいんだろ?」



「いやほんと嬉しくないし、いりませんって。他の人誘ってくださいよ」



「はっ。いいじゃねぇか。この俺がわざわざ迎えに来てやったんだ。お前だけが特別だ」



私は察した。


ああ、この人友達いないんだな。

憐れみの視線に気づいたのか、睨まれた。

お仲間の強がりなんて怖くない。

私は微笑んで、彼の腕をぽんぽんと叩いた。



「お付き合いしますよ。夜のお散歩」



「てめぇ、ナメてんのか」



「なめられてたのは先輩でしょう。わんこに懐かれる先輩、かわいらしかったですよ」



「おい」



昨日の体育館でのことを思い出して、頬がゆるむ。



「はじめまして、天原月海です」



中型犬と目をあわせて挨拶すると、きゅう、と返事を返してくれた。

大魔王にはもったいない愛らしさだ。



「いてっ!」



顔の緩んだ私の脳天を一発はたいてから、彼は歩き出す。



「おら、とっとと行くぞ」



「あれれー。先輩、この子が私に懐くかもしれないからって、ヤキモチですかぁ?」



数歩先にいた火宮先輩が足を止める。

振り向いた時の彼の目は地獄の底のように冷たかった。



「お前、調子に乗るなよ」



「………すみませんでした」



理不尽俺様大魔王様は、私のお仲間ではなかったらしい。

勘違いしたボッチはお灸を据えられた。