イカネさんとは家の前でお別れし、玄関を開ける。



「ただいま」



玄関には母と妹のものとは別に、見慣れない靴があった。


客人か。


楽しそうな声のするリビングの戸を開けると、3人の姿がある。



「陽橘くんはほんとイケメンねぇ」



「あははっ、よく言われます」



「ハルくんとアタシは超絶イケメンとウルトラ美少女カップルって、学校でも有名なんだよ」



「そうなのね。納得だわ」



「咲耶さんが僕の彼女になって、友人に羨ましがられましたね。オレたちのアイドルを返せーって」



爽やか笑顔のイケメン。


どうやら妹が彼氏を連れてきたらしい。

昨日できたばかりって、言ってたよね。

なのに学校でも有名って、互いにどれだけ注目度が高いかよくわかる。

てか、親への紹介早くない?

いや私関係ないけども。



「あら月海、帰ってたの」



母の言葉で、入口にいる私に視線が集まった。



「君がお姉さん? 咲耶とは似てないね」



友好的とは言えない顔をされた。



彼氏君は誰かに似ている気がしますよ。



「お姉ちゃんには関係ないでしょ。恥ずかしいから部屋に行ってて」



妹よ、不細工をオブラートに包んでくれてありがとう。

美男美女の中に不細工が混じると困る訳だ。

私はこの家の恥なわけだから隠したいのである。



「………」



私は無言で戸を閉めて、2階の自分の部屋に入る。

微かな音漏れから、あの空間が楽しそうであることは伝わる。



「………っ、はああ………」



ベッドに倒れ込み、盛大なため息をついた。

世の中顔だわ………。



『元気だしてください、月海さんはすごいお方です』



イカネさんの声がしたから振り返るが、誰もいない。



「……イカネさん?」



「はい」



呼ぶと、目の前に現れた。



「さっき、慰めてくれた?」



「姿を見せずとも声だけ届けることはできるのですよ」



「へぇー便利ー」



「月海さんが心の中で話しかけてくれたことは、ばっちり聞こえてます」



「うわっ、なんか恥ずかしい……」



「うふふ」



そういえば、聞きたいことがあったのだ。



「あの理不尽俺様大魔王、イカネさんのこと見えてるみたいだったけど、どういうこと?」



昨日のファミレスでは、イカネさんは他の人に見えていなかったから、側から見たらボッチで痛い奴扱いされたのだ。



「わたくしのような存在が見える人と見えない人がいる。月海さんやあの大魔王さんは見える人だった。それだけですよ」



「そんなもんかー」



「そんなもんです」



「私、霊感とか無いはずだったんだけど。………イカネさん、実は幽霊みたいなものだったり?」



「月海さんに使役されている神。式神ですよ」



「あー、そういえば、大魔王がそんな事言ってたね」



イカネさんのことを高位の神といっていた。


高位ということは優秀で。

顔も整っていて、髪もつやつや。

ふわふわの衣から覗く肌は、白く細く、スタイルも良いことがわかる。

そしてなにより、こんな私の味方でいてくれる。

優秀で美人、性格もいい。

それって最強じゃん。

私はイカネさんに向けて、拝むように手を合わせた。



「ありがとうございます」



「ふふっ、何がでしょう」



「存在からなにから全てです」



貴女の天女の微笑みひとつで救われる私がいます。



「ありがとうございます。ですが、拝まれるより並び立ちたいと思ってしまいます。わたくしたちは、友人なのでしょう?」



「……っ、うん」



そうだった。

私はイカネさんに恥じない友人でありたいと思っていたのだ。

差を思い知らされるたび、つい弱気になってしまう。



「でも、それとこれとはニュアンスが違ったり。尊いものを見ると拝まずにいられない心情も察してもらえるとありがたいです」



「……むずかしいですね」



「そう、人の気持ちはフクザツなのです」



うふふと笑いあっていると、スマホが鳴った。



「うげっ………」



いつもは大人しい私のスマホの画面に表示されたのは、先程連絡先交換させられた男の名前。

呼んだらすぐ来いとか言われたけど、………行きたくないな。


…………気づかなかったなら仕方ないよね。

うん。



スマホを伏せて、布団で覆い隠した。


これで、無かったことにしよう。


さて、イカネさんと楽しいお話の続きを。



「イカネさん、お菓子食べる? チョコとか好きかな?」



わざと明るめの声をだして、引き出しからいくつかお菓子を見繕う。

外で犬が吠える。

夜のお散歩かな。

カーテンの隙間から外を見ると、中型犬を侍らせる火宮桜陰があくどい笑みを浮かべていた。