春色の屍 【完】

「ありがとうございます……。確かに、すごいですよね。
こんなぐうぜん、なかなかないですね」

「絵、お好きなんですね。描いたりもするんですか?」

「描きますけど、デジタルばかりです」

「デジタルですか。すごい」

「いえ、すごくなんて。あの、絵、描かれるんですか?」

「はい。ぼくは油絵ばかりです」

「いいですね、油絵。あの匂い、好きです」

そう口にすると、ぺたぺたとしたあの匂いがよみがえった。

弾ける果実や花のように芳しい香水よりも好きだった、美術室の匂い。あの人の香り。

思い出はいつだって香りつきで、胸をちりりと焦がす。

「なんか、すいません。初対面の女の人にこんなに話しかけてしまって。
同じ画集にもびっくりしましたけど、ここでカレー頼む人ってめずらしいでしょう?
だから、勝手に親近感のようなものを抱いてしまって」

ふわり。アオヤギさんが笑う。
さすがにパンの香りはしない。

「わかります。めずらしいですよね。
私なんてここのカレーが食べたくて、食べたくて、夢にまで出てきましたけど」

「夢? それはすごい」

アオヤギさんの細めた目から、つやつやした瞳が覗いた。
べっこう飴みたい。
ひかりを集めて、どこまでも透明で。