「シャチ、めちゃくちゃうまくなってない?」
入部して一か月が経とうとした頃、先輩はいつもより一段と大きい声で言った。
南先生はあいかわらずのんびりと「ちょっと声おさえてね」と言い、心なしか部員たちの肩はぴくりと上がった。
怒られちゃった、と言うように、先輩が肩を竦める。
おどける姿はちいさい子どものようだ。
「でもさ。まじで、うまくなってるよ」
こっそりと耳元で囁かれ、わずかな吐息が耳朶に触れた。
身を乗り出す先輩から、油絵の具が香る。
「そんなことないですよ」
「いや、あるある。ほら、これ一か月前に描いたやつ。ぜんぜん違う。
すごいな。がんばったな、シャチ」
部活動のない日も、朝も、夜も。
私はひたすらデッサンの練習をした。
最初はあまりにも下手で恥ずかしいから、という後ろ向きな理由ではじめたけれど、気がつけば私は前のめりになっていた。
真っ白いスケッチブックに黒鉛がのり、光と影が生まれる。
指先ひとつ。ちょっとした匙加減。
それだけで画はがらりと変わる。
わずかな違いで、ダヴィデ像は凛々しくもなれば、どこか哀しげにもなった。


