春色の屍 【完】

「シャチは油絵が描きたいの?」

「油絵……」

「あれ。あれが油絵」

私が衝撃を受けた先輩の絵を、先輩が顎で指した。
赤い髪が揺れ、つづけて近くに座っている部員の絵を指す。

「あの子が使ってるのはアクリル絵の具」

「アクリル……」

「で、向こうの子は水彩」

「水彩……」

なにがどう、違うのだろう。

オウム返ししかしていない自分の足元が、すうっと消えていくようだった。

「なにで絵具をとくとか、質感とか、乾燥時間とか。
いろいろ違いはあるけど、やっぱりまずは触ってみるのがいいと思う。
俺、説明うまくないしさ。いろいろ触ってみて、そんで自分が好きなのが見つかれば」

きっと楽しいよ、と先輩は今日も白い歯を見せて笑った。
その笑顔に救われる。

周りの部員から、どうしてこんな美術音痴が入部したんだ、と思われないか不安だったけれど、彼らはやはり黙々と描き続けるだけだった。

「まずはデッサンでもしてみるか。てか、肩の力もっと抜きなよ。ハンガーみたい」

とん、と軽く肩を叩かれ、心臓が大きく跳ねた。

静かに着地した心臓はどくどくと脈を打ち、私はこの日もたくさんの余白を残してスケッチブックにダヴィデ像を描いた。
出来栄えは、もちろん3だった。