麻衣ロード、そのイカレた軌跡/補完エピソーズ集

その9
ケイコ



私は全力で土手を走った

テツヤ、ゴメンな

私、わかってたのに…

お前が”全部”承知してくれてること

どれだけ辛い思いをして、自分を変えるチャレンジに身を置いているのかも

なのに…

つい、あんな態度しちゃったよ

多美に諭されなきゃわからないなんてな、私…

病院でボケッとしてたら、やっぱりボケちゃってたみたいだ

私がお前を取り巻いてる女達、全部消し去ってやるぞ

もう少し待っててくれな

お前の頭から、私以外、一掃だ

だから、これからショッピングだ

一緒に”買い物”行こう…


...



ハア、ハア、ハア…

テツヤんちの表札を前にして立ち止まった時には、全身は滝のような汗でびっしょりだった

こんな汚い体でテツヤに会うのは正直気が引けたが、それでも抑えきれなかった

一刻も早く彼に会わなくっちゃって衝動を…

ピンポーン!

チャイムを鳴らすと、テツヤのお母さんが玄関ドアから顔を出した


...


「あら…?あなた、横田さんじゃないの!」

おばさん、私のこと覚えててくれたみたいいだ

「ああ、おばさん、突然すいません。テツヤ帰ってますか?」

「いいえ、まだよ。あれ?たしか、合同練習で一緒じゃなかったの?」

「あの、さっきまで一緒だったんですけど…。ちょっと、私がわがまま言って…。でも、今日中に会って話ししたいんです。帰ってくるまで、待たせてもらっていいですか?」

「ええ…、だけど外は暑いから中に入って待ってなさい。クーラー効いてるから…」

「ありがとうございます。でも、テツヤには”最初の時”、玄関で土下座させて待たせちゃったんで。今日は私が謝らなきゃならないんです。だから、涼しい部屋の中で待ってるってのは、できません」

「全く、あなたって面白い人ね(苦笑)。それじゃあ…、これから庭の手入れするところだから、あなたにも手伝ってもらうってのはどう?」

「はい!それなら、お手伝いさせてもらいます」

という訳で、私はテツヤが帰ってくるまでの間、おばさんと黄色いバラが目立つ庭の手入れをすることとなった…


...


う~ん、きれいな花壇だなあ…

雑草が伸び放題のうちの庭なんかとは雲泥の差だよ

私は手入れの行き届いた花壇に向かって、ホースでの水撒きに励んでいた

「もう、そのくらいでいいわよ。悪いわねえ、すっかり手伝わさせちゃって。ケガが治ったばかりなのに…」

「あ…、いえ、全然です…。すいません、花壇に水撒いたりって慣れてないもんで…。水の量、大丈夫でしたか?」

「うん、ちょうどいいわ。テツヤなんかにやらせるとね、いつも庭中水浸しだしだもの。やっぱり女の子はいいわねえ…。何をやるにもおしとやかで…」

いやあ…、私みたいなお転婆、そんなガラじゃないんだけどな…(苦笑)


...


「ああ、でもね…、そこのプチトマトはテツヤが育ててるのよ。いつも家に戻ってくると、ひとつ捥いで口にしてね。うふふ…、今日帰ってきたら、あなたにもお裾分けするわよ。きっと」

「へえ…、あのテツヤが”菜園”ですか。意外だなあ…」

「それがね…、きっかけは確か小4の時だったわね。理科の授業で自宅栽培の課題があって。自分で育てた実を嬉しそうに食べてたわ、テツヤ。それから面白がっちゃってね、毎年自分で種撒きから全部やってるのよ(笑)」

そういえば、私の小学校でもそんなのがあったっけ…

「でも最初はね、水をあげたりするのも面倒くさかがってて、私が口うるさく”水げなさい!”って、年中言ってたわ…。うふふ、そしたらあの子、おしっこかけてんのよ。水より”こっち”の方が栄養あるって…。まったくねえ…(苦笑)」

アッハッハッ…、こりゃ傑作だ

いかにもテツヤらしいや

そんな話をしてると、テツヤが帰ってきたぞ


...


「ただいまー。あー、おけいじゃん!」

テツヤは、いつものさわやかな走りっぷりで玄関脇に入ってきた

で、庭にいる私に気付いてね

「おかえり、テツヤ。横田さん、あなたに”用”があるんですって。外は暑いから中で待ってなさいって言ったんだけど、いいって。だから、お庭に水撒いてもらってたのよ」

「そうか…。そんでおけい、お前、どした?」

「ああ、あの後、多美と話したよ。いろいろとさ。それで、今日中にお前に会わなくっちゃって…」

「じゃあ、私は遠慮するわね。ひと通り話が済んだら、家の中に入ってきなさいね」

「あ…、おばさんもここにいてください。テツヤがうち来た時も、私の母は話聞いていたんで…。出来れば、おばさんにも聞いててもいらいたいんです」

「そう…。ならここにいるわ」

おばさんはテツヤと私のことを、いつも気遣ってくれてる

私もそうだが、テツヤもおかあさんには、私たち二人のことを隠さずに全部話してるらしいからね

おばさんには、”生”の私たちを見ててもらいたい…

この時の私は、そんな気持ちだった