新そよ風に乗って ② 〜時の扉〜

「は、はい」
何だろう? 
「今日は、せっかくの休みのところ、出て来てくれて、ありがとう」
「いえ、そんな……」
何だか、改まって言われると、照れてしまって背中がくすぐったい。
「今日のイベントに参加してみて率直にどう思ったか、聞かせてくれないか」
どう思ったか? 
ふと、さっきまで居た病棟の方を見た。翼君……。凄く喜んでくれていたな。
「とても良かったと思います」
「何が、どう良かったんだ?」
「何が、どうって……。その、入院しているお子さん達のお役に少しでも立てて」
「……」
自分では、普通にというか、無難な応えが出来たと思っていたが、高橋さんは黙ったままジッと私を見ている。
「皆さんに喜んで頂けて、良かったです」
「それだけか?」
えっ? それだけって……。
「あの……」
「それだけしか、お前は感じなかったのか?」
何だか、私……。高橋さんの機嫌を損なうようなことを、言ってしまったの?
「高橋さん。何か、私、失……」
私の言葉を遮るようにして、高橋さんが言葉を重ねた。
「入院している子供達に、我が社の飛行機に搭乗している気分を味わって貰う。先代の社長が、それによって少しでも喜んで貰えたら、楽しんでくれたらいいと思って始めたイベントらしい」
そうだったんだ。
「あの子達が元気になって退院し、大きくなった時、今日のことを少しでも思い出してくれたなら、それでいい。TNAの社員が病院に来て、飛行機に乗っているみたいな体験が出来た。その記憶が頭の片隅にかすかに残っていてくれたら、それだけでもう十分なんだが……」
高橋さんも、運転席の窓から病棟の方を見ながら言っていた。
高橋さん。
「俺がお前に、絶対に、涙は見せるんじゃないと言った訳がわかるか?」
「それは……」
翼君のことを思い出して言葉に詰まってしまった私の瞳を、病棟の方を見ていた高橋さんが振り返りながら捉えていた。
「ほんの僅かな時間だけで、あの子の人生をわかったような態度を示して欲しくなかったからだ」
高橋さんの言葉が、胸に突き刺さる。
「泣きたいのは、お前じゃない。本当に泣きたいのは、あの子の家族とあの子自身だ。何故、我が子が。何で僕が。と、何百回、何千回と自問自答しているはずだ。だとしても、それを誰にぶつけたところで、どうにもなるものではないことも十二分にわかっている。親御さんの心情は、察するに余りある。俺などには計り知れない葛藤が毎日、毎晩、休むことなく押し寄せているだろう。あの子は……」
そう言い掛けた高橋さんが、大きく深呼吸をしながら、フロントガラスの一点を見つめた。
「あの子は、自分が早く元気になって退院することが、家族が一番喜ぶことだと誰が教えた訳でもないだろうが分かっているみたいだ。だから、お前に競争だと言ったんだろう」
『だったら、僕がもっと元気になって飛行機に乗れるようになるのと、お姉ちゃんが飛行機に乗れるのと、どっちが早いか競争だね』と、私に屈託のない笑顔を浮かべて言っていた、翼君との会話を思い出していた。
「翼君……」
「厳しい言い方かもしれないが、敢えて言う。可哀想だと思う前に、己の生き様を悔い改めろ」
高橋さん……。