新そよ風に乗って ② 〜時の扉〜

「こちらこそ、初めまして。今日は、本当にありがとうございます」
「とんでもありません。お電話を頂戴しておきながら、順番でお伺いさせて頂いておりますもので、なかなか来られなくて申し訳ありませんでした」
「いいえ。こちらこそ、お忙しいのに来て下さって、ありがとうございます。息子があんなに喜んでいる姿を見るのは、久しぶりです」
「そうですか。少しでも、喜んで頂ければこちらも嬉しいです」
「息子の名前の翼は、大きくなったら羽ばたいて欲しいという意味と、出来ることなら、主人がなれなかったパイロットになって欲しいという願望を込めて付けた名前なんです。それを話したこともないのに、翼はパイロットになりたいと三歳ぐらいから言い出しまして……」
「そうなんですか。きっと、お父様の遺伝子を受け継いでいらっしゃるからですね」
「そうかもしれません」
パイロットになりたかったけれど、なれなかったお父さんに代わって、もしあの子がパイロットになったら凄いな。お父さんも、嬉しいだろうな。
「でも、今の翼には、一日、一日がとても貴重で……。今日のこれも間に合って、本当に良かったと思ってます」
間に合ってだなんて、そんな……。
「もう、翼には残された時間が……」
「木内さん」
高橋さんが穏やかな声で、静かに翼君のお母さんの言葉を遮った。
「計り知れないご家族の思いやお気持ち等、到底、当事者ではない若輩者の私には、わかりません。ですが……。月並みですけれど、私は、奇跡は存在すると信じています」
「高橋さん」
「今、こうして息子さんは、とても喜んでいらっしゃいます。今、この時、もしかすると、息子さんの苦痛は、少しでも和らいでいるのかもしれません。お母様が我が社にお電話を下さらなければ、この喜びを息子さんは味わえなかったかもしれません。数々の偶然が重なったこれも、奇跡とは言えないでしょうか?」
「高橋さん」
「これからも、息子さんの素敵なお母さんで居て差し上げて下さい。よろしくお願いします」
「高橋さん。ありがとうございます」
深々と頭を下げている高橋さんを見て、胸が詰まる思いだった。
「分かったような生意気なことを言いまして、申し訳ありません」
「いいえ。言って頂けて、良かったです。ここのところ、視野が狭くなってしまっていました。翼のためにしてあげられること、あげなければいけないこと、まだまだ沢山ありますもの」
「そうですね」
高橋さんは、翼君を優しい眼差しで見ていた。その横で、お母さんも微笑みながら翼君を見守っている。
将来、パイロットになりたいと言っている翼君は……。
「お母さん。これ、作って」
そこに、翼君が機内で配られた、素材が紙で出来ている、組み立て式の飛行機の材料を膝の上に乗せて、ゆっくりと車椅子でこちらに近づいてきた。
「お母さん。これ、一緒に作って。一人じゃ、出来ないよ」
「お母さんは今、お話中なのよ。自分で出来るところまで、やってご覧なさい」
「うーん……」
膝の上に置いた組み立て式の飛行機の材料を見ながら、翼君は俯いてしまった。
きっと、鼻に入れているチューブが邪魔をして、よく見えないのかもしれない。真下を向くのが、結構、辛かったりするから。
「翼君。良かったら、手伝おうか?」
自分でも驚いてしまうほど、不思議と自然に翼君に声を掛けていた。
「うん」
「すみません。あまり、甘やかさないで下さいね。この子、甘え上手ですから」
「はい」
「それじゃ、翼君。翼君のお席に行って、作りましょうね。車椅子押すから、足、気をつけてね」
「うん」
そう言って、翼君は車椅子の足置きに両足をきちんと乗せてくれたので、車椅子を押しながら翼君の席の位置に向かいながら、ふと思っていた。
私は、いつも車椅子を押してもらう方ばかりだったのに、今、こうして車椅子を押す立場になっている。大したことではないかもしれないが、私にはそれがとても新鮮だった。
そして、精神年齢が限りなく近いのかと思えてしまうほど、翼君と意気投合しながら組み立て式の飛行機を完成させて、それを翼君がお母さんに見せると言い出したので、また車椅子を押して窓際に立って、他のお子さんのお母さんと話しをしていた翼君のお母さんの所へと向かった。
「見て、見て、お母さん。出来たよ」
「凄いじゃない、翼。良かったわねえ。翼の相手をして下さって、ありがとうございました」
「いえ、とんでもないです。私も、とても楽しかったですから」
これは、社交辞令ではない。心底そう思っていた。
「ありがとうございます」
「お姉ちゃん。僕が元気になって、本当の飛行機に乗ったら、お姉ちゃんにまた会える? その飛行機にお姉ちゃん、乗ってる? お姉ちゃんは、どの飛行機に乗ってるの?」
「それは……」