「ここには、入っていないのか?」
横から差し出されたバッグは、私のものだった。
「あっ……。高橋さん。どうして私のバッグを……」
「話しは後だ。取り敢えず、バッグに保険証と診察券が入っているなら出して」
「は、はい」
高橋さんに言われ、慌てて受付の人にバッグの中から取り出した保険証と診察券を渡すと、診察券をスリットさせ、パソコン画面と照合していた。
「折原が、会社を出る時に渡してくれた」
「折原さんが?」
「恐らく、機転を利かせてお前の机の引き出しから取り出したのだろう」
そう言えば、高橋さんに持って行ってと何かを渡していたような声がしていたのを思い出した。それが、私のバッグだったんだ。
折原さんは、本当に頭の回転が速いというか、何でも出来る人。そんな折原さんに憧れと羨望のまなざしで見ている私だったが、社内には折原さんのような人ばかりではなく……。

その日は大事をとって、そのまま早退扱いで帰宅することになり、明良さんがまだ病院に居るので車を借りたと言って、高橋さんに自宅まで送って貰ってしまったが、翌日から暫くの間、社内の人の視線を痛いほど感じる日々が続いていた。
「黒沢さん。矢島さんってどの人? この前、救急車で運ばれたんでしょう? どんな人なのかと思って見に来ちゃった」
「会計に座っている、あの子よ」
「何だか、そんな病弱そうに見えないけど?」
「だって、それがあの子の常套手段だもの」
聞こえるようにわざと言っているのだろうと、流石の私にでも感じられる。
「気にすることないわよ。言いたい人には、言わせておけばいいの。話したい人にもね」
折原さん……。
「よく言うじゃない。何かのアンケートを取ったとして、大半の人が、そう思うと回答しても、そういう人は、必ずそうは思わないと回答するようなもの。素直になれない心悲しき可哀想な人だと思っていればいいんだから。日頃、たとえ犬猿の仲だとしても、その相手が辛い思いをしていれば、労り、慰め、悼み等を言えるような広い心を持ち合わせていないのよ。お互い、矢島さんも私も、心の狭い人間にだけはならないようにしなくちゃね」
「はい……」
「ほら、もっと胸を張って」
「は、はい」
コピー機の前で背中を叩かれ、背筋を伸ばした。