「フルコース貯金は、貯まったか?」
あっ。
「は、はい。あっ、いえ、あまり……その……色々ありまして。まだ、ちょっと」
「そうか。じゃ、帰国祝いの食事は、明良にでもご馳走になるか」
エッ……。
帰国祝い?
「あの、高橋さん。何時まで、日本にいらっしゃるんですか?」
「何時までか……。何時までにするかな」
はい?
「あの……」
「辞令を貰いに来た」
「高橋さん?」
「後で、帰国の手続きに必要なことを教えてくれ」
嘘……。
「ほ、本当に、帰国されるんですか? もう、ずっといらっしゃるんですか?」
「いらっしゃったら、まずいことでもあるのか?」
「えっ? そ、そんな、そんなことないですけど……」
「けど、何だ?」
うわっ。
高橋さんが、悪戯っぽく笑いながら私の顔を覗き込んだ。
ち、近過ぎですって、高橋さん。
「あ、あの、何だか信じられなくて」
「フッ……。さて、人事部長に辞令を貰って、社長にご挨拶に伺うかな」
ちょうど扉が開いたエレベーターに乗る直前、そう言って高橋さんはジャケットの襟を正した。
「乗って」
「は、はい」
高橋さんがエレベーターに先に乗せてくれたので、敢えて奥まで進み、高橋さんの背中をそっと眺めていた。
入社してから、この背中を見るたびに、胸がキュンと鳴っていた。それは、社会人として、上司として、高橋さんに対する憧れと羨望の眼差しだとずっと思っていた。でも、違ったんだ。本当は、そうじゃなかった。高橋さんがニューヨークに行ってしまって、その存在の大きさに改めて気づかされ、驚いて……。あの悪夢のようなテロがあって、自分の思いに初めて気づいた。ううん、初めて気づいたんじゃない。この思いを心の奥に閉じ込めて、封印していただけ。
「お前も……」
エッ……。
「お前も来るか?」
エレベーターのドアが開く直前、高橋さんがこちらを振り返った。
「久しぶりに、明良達も誘って食事に行くか?」
「あ、あの、い、いいんですか? 私もご一緒させて頂いて」
「嫌なら誘わない」
高橋さん……。
「もっとも、貯金がまだ貯まってないらしいから、ご馳走になれないのが残念だが」
「高橋さん。そ、それを言わないで下さい」
そう言われると、ガックリ項垂れてしまう。
「フッ……。邂逅というのは……」
高橋さん?
「降りるぞ」
「あっ、は、はい」
エレベーターから先に降ろしてくれた高橋さんだったが、いつの間にか前を歩いていた。
高橋さんのこの背中をいつも見ながら、自覚してしまうのが怖くて心の奥に封印していた思い。社会に出て、この会社に入社して、仮配属で高橋さんの部下になった。偶然が幾重にも重なった、めぐり逢い。今こそ、素直に心の封印を解く時なのかもしれない。
「何してる? 置いてくぞ」
考えながら歩いていたら、だいぶ遅れをとってしまっていた。
「あっ、高橋さん。待って下さい」
心の時の扉が、今、開こうとしていた。
「新そよ風に乗って 〜時の扉〜」 完
and……
next volume to be continued……
あっ。
「は、はい。あっ、いえ、あまり……その……色々ありまして。まだ、ちょっと」
「そうか。じゃ、帰国祝いの食事は、明良にでもご馳走になるか」
エッ……。
帰国祝い?
「あの、高橋さん。何時まで、日本にいらっしゃるんですか?」
「何時までか……。何時までにするかな」
はい?
「あの……」
「辞令を貰いに来た」
「高橋さん?」
「後で、帰国の手続きに必要なことを教えてくれ」
嘘……。
「ほ、本当に、帰国されるんですか? もう、ずっといらっしゃるんですか?」
「いらっしゃったら、まずいことでもあるのか?」
「えっ? そ、そんな、そんなことないですけど……」
「けど、何だ?」
うわっ。
高橋さんが、悪戯っぽく笑いながら私の顔を覗き込んだ。
ち、近過ぎですって、高橋さん。
「あ、あの、何だか信じられなくて」
「フッ……。さて、人事部長に辞令を貰って、社長にご挨拶に伺うかな」
ちょうど扉が開いたエレベーターに乗る直前、そう言って高橋さんはジャケットの襟を正した。
「乗って」
「は、はい」
高橋さんがエレベーターに先に乗せてくれたので、敢えて奥まで進み、高橋さんの背中をそっと眺めていた。
入社してから、この背中を見るたびに、胸がキュンと鳴っていた。それは、社会人として、上司として、高橋さんに対する憧れと羨望の眼差しだとずっと思っていた。でも、違ったんだ。本当は、そうじゃなかった。高橋さんがニューヨークに行ってしまって、その存在の大きさに改めて気づかされ、驚いて……。あの悪夢のようなテロがあって、自分の思いに初めて気づいた。ううん、初めて気づいたんじゃない。この思いを心の奥に閉じ込めて、封印していただけ。
「お前も……」
エッ……。
「お前も来るか?」
エレベーターのドアが開く直前、高橋さんがこちらを振り返った。
「久しぶりに、明良達も誘って食事に行くか?」
「あ、あの、い、いいんですか? 私もご一緒させて頂いて」
「嫌なら誘わない」
高橋さん……。
「もっとも、貯金がまだ貯まってないらしいから、ご馳走になれないのが残念だが」
「高橋さん。そ、それを言わないで下さい」
そう言われると、ガックリ項垂れてしまう。
「フッ……。邂逅というのは……」
高橋さん?
「降りるぞ」
「あっ、は、はい」
エレベーターから先に降ろしてくれた高橋さんだったが、いつの間にか前を歩いていた。
高橋さんのこの背中をいつも見ながら、自覚してしまうのが怖くて心の奥に封印していた思い。社会に出て、この会社に入社して、仮配属で高橋さんの部下になった。偶然が幾重にも重なった、めぐり逢い。今こそ、素直に心の封印を解く時なのかもしれない。
「何してる? 置いてくぞ」
考えながら歩いていたら、だいぶ遅れをとってしまっていた。
「あっ、高橋さん。待って下さい」
心の時の扉が、今、開こうとしていた。
「新そよ風に乗って 〜時の扉〜」 完
and……
next volume to be continued……

