新そよ風に乗って ② 〜時の扉〜

「フッ……。これで、帰って来る楽しみが出来たな」
エッ……。
その声で顔を上げると、高橋さんが悪戯っぽく笑っていた。
「高橋さん……」
「無理せず、自分の今出来ることに最善を尽くせ。お前なら出来る」
高橋さん。
泣いてしまいそうだ。
でも泣いてしまったら、高橋さんがもっと困ってしまうから……。
「体に気をつけて」
「はい……。高橋さん……も」
「ああ」
その日、家に帰ってから、ずっと高橋さんと会議室でした会話を思い出して、泣きながら眠りに就いていた。
そして、高橋さんが出向でニューヨークに行ってしまうという話は、翌日、瞬く間に広まった。高橋さんの後任社員は、空席のまま。その代わりに、非常勤の公認会計士が決算月は見てくれることになったという話を聞いた。また、私の後任は誰も来なかったということを知って驚いたが、中原さん1人では大変なので、非常勤の公認会計士の他に契約社員として税理士を1人採用したとのことだった。
高橋さんが赴任するまでには2ヶ月あったが、その間も高橋さんは忙しそうで、書類を出しに来てくれていたようだったけれど、いつも私が帰った後で、とうとうあの日以来、会うことは出来なかった。
「ハイブリッジ。行ってしまったね」
「うん……」
「陽子。元気出しなって」
「うん……」
「永遠に帰って来ないわけじゃないんだし、そのうち帰って来るんだから」
「そうなんだけど、それは分かっているんだけど、あの時、もっとちゃんと説明出来て、もっと高橋さんと話が出来ていたら良かったのに。余裕がなくて殆ど話せなかったから、それが……」
「はい、はい。分かったから。もう、その未練用語は使用禁止!」
「神田さん……」
「だってさ、今更反省して溜息ついたところで、ハイブリッジにはその声は届かないんだから。それより、ハイブリッジが帰って来た時、人事部の中でいちばん輝いてる存在になってた方がいいでしょ? 事務所で陽子を見てると、本当にいつもオロオロしながら溜息ばかりついてるような雰囲気だもん。これじゃ、ハイブリッジが帰ってきても、がっかりしちゃうと思うわよ」
「そ、そんなに私、オロオロしながら溜息ばっかりついてるような雰囲気なの?」