新そよ風に乗って ② 〜時の扉〜

「まだ、話は終わってない」
高橋さんの左手に掴まれている私の左手を見ていたが、その声に反応して高橋さんの方を見ると、目の前に顔が迫っていた。
ち、近過ぎですって、高橋さん。
慌てて、ギュッと助手席のシートに背中を押しつけて少しでも離れようとしたが、気のせいか、離れるどころか近づいてしまった気がした。しかし、それは気のせいではなく、高橋さんは私の左手を静かに私の膝の上に置くと、運転席のシートに背中を押しつつけながらこちらを向いた。
「人の話は、ちゃんと最後まで聞け」
そう言って高橋さんはひとつ溜息を突くと、その瞳で私を捉えて離さなかった。
「誰が、不要だと言った?」
「それは……」
「もし、誰かがそう言ったのだったら、この場で俺が撤回する」
高橋さん。
「でも、私は……。私は、会計に居たかったんです」
本当は、言うつもりはなかった。でも、最後だと思ったら自然と口からその言葉が飛び出ていた。高橋さんが言いたいことは、よく分かっていた。けれど、どうしても会計で働きたかったという、その思いの方が強くてそれを分かって欲しかった。
「人事部は、読んで字の如く人の事を仕事にするところだ。つまり、その人に代わって事を進める。その人の代わりに手続き等を行う所だ。その人がその配属先でより働きやすく、より快適に過ごせるように計らう所だ。人のために、何かが出来るというのは、やり甲斐のある仕事であるし責任も重い。勿論、どんな仕事でも責任を持って取り組むことに変わりはないが、人事は殊の外、色々な面で総務と並んで会社の顔でもある。そこに配属になったことを誇りに思え」
「わかっているつもりです。わかっているのですが……。ですが、それでもやっぱり……」
頭では分かっていた。今、此処で言ったところで、何ももう変わらないということ。でも、何だかどうしても高橋さんには、この思いを分かって欲しかった。
「99パーセント、社会は自分の思い通りにならないものだ。学生時代のように、自分で好きな科目だけ選んだりすることは出来ない。それが、社会なんだ」
社会人になって、まだ1ヶ月ちょっと。身に滲みて色々なことが、学生の頃より厳しいと実感した瞬間だった。
「泣くな」