大きく口を開けたような、高速道路の薄曇った排気ガスのシールドで被われたトンネルに吸い込まれるようにして高橋さんの車が入っていく。等間隔にトンネル内のライトが、車のスピードによってまっすぐに続く点線のように流れている。空港で体験出来たことは、今の私にとても良い潤滑油になり、それもすべて高橋さんのお陰だ。それなのに、明良さんのことを高橋さんに話せずに居る。
「さっきから、難しい顔してるぞ。車は苦手か?」
そのジレンマが、どうも表情に出ていたらしい。
「えっ? そ、そんなことないです」
「それならいいが、車酔いして帰ったら使いものにならなかった。なんてことにでもなったら、それこそ、中原に何言われるかわからないからな」
「高橋さん。そんなことないです。私、大丈夫ですから。車に乗るのも大好きですし……」
「ハハッ……。それだけ言い返せるなら、本当みたいだな」
「高橋さん!」
結局、言うチャンスを逸してしまい、明良さんとのことを言えないまま、会社に戻ってきてしまった。必ず、近いうちに、高橋さんに言おう。やっぱり言った方が、気が楽になるはず。
「中原さん。ありがとうございました。戻りました」
「お帰りなさい」
中原さんの席の横を通って自分の席の前に立つと、机の上にまだ見たことがないような伝票やファイルから、鉛筆の入った箱や紙袋など、ありとあらゆる文房具と称するものなどが机の表面が見えないぐらいに山積みされていた。
「何……これ……」
「お帰りなさい。仕事中に堂々と上司とお出かけ出来て、さぞ、楽しかったでしょうね」
黒沢さん。
「これ、大事な新人の付帯業務だから。よろしく」
付帯業務?
「そう。忙しいけど貴女が正確に管理出来るよう、直接確認してもらおうと思って。重たいのにわざわざ持ってきてあげたのよ。感謝してね」
いきなり、感謝してねと言われても……。
「何、迷惑そうな顔しているの?」
「い、いえ。そんな……」
この状況をどうしたら良いのか。何の事を言われているのかもわからず、困惑した表情を浮かべていたら勘違いされてしまったようだった。
「用度管理は新人の仕事だから、しっかり管理して仕事に支障をきたすような在庫切れなんてことのないようにしてちょうだい。発注の仕方などは、このノートに歴代の担当者からの申し送りがマニュアルとして書いてあるからよく読んで。あとわからないことは、社会人なんだから直接庶務に聞くなりして。それじゃ、よろしく」
まくし立てるように言われ、何が何だかわからないまま、差し出されたノートを受け取ると黒沢さんは立ち去ろうと背を向けた。
「ちょっと、待って」
折原さん……。
「何? また貴女? 小姑みたいに、いちいち何なの?」
「話しは、まだ終わってないわよ」
背の高い折原さんが、腕を組みながら黒沢さんの行く手を阻む。
「話し? 貴女と話すことなんて、そんな暇な時間は持ち合わせてないから」
「いいから、聞きなさいよ」
「痛い! 馬鹿力出さないでよ」
折原さんは、黒沢さんの腕を左手で掴み、横を通り過ぎようとした体を引き戻した。
す、凄い力。左手だけで黒沢さんの体を押し戻すなんて……。
「あら、失礼。つい、俊敏な動きが出来てしまうので」
微笑みながら言える折原さんの度胸というか、その凜とした姿勢につい見惚れてしまう。私には、絶対持ち合わせていないものだ。