トイレかな? 明良さんと二人だけの空間は、居心地が悪い。最も、初対面の人の場合でも同じなのだが、それ以上に緊張する。
「社会人一年目だと、何かと大変なんじゃない?」
「はい。覚えることも沢山ありますし、何もかも勉強の毎日です」
不思議と、すんなり話せた自分に驚いてしまう。何故だろう? 小一時間ほど一緒に居たので、慣れという究極の見えない手法が功を奏したのかもしれない。
「いろいろ大変だと思うし、これからの季節、不安定な気候が続いたりするから体調には十分気をつけて」
明良さん。もしかして……。
「あ、ありがとうございます」
「おっと。そろそろ行かないとまずいな。ごめんね。ちょっと先に行くから、貴博によろしく言っといて」
「あっ、はい」
「それじゃ、また」
「失礼します」
立ち上がってお辞儀をすると、バッグを持った明良さんがテーブル越しに顔を近づけてきた。
「心配しなくていい。貴博には、何も話していないから」
「あっ……」
思わず両手で口を覆い、声を押し殺して必死に取り繕うとしたが、そんな私を見た明良さんはわざとらしくウィンクをして見せていた。
「忘れる訳ないよ。陽子ちゃんをさ」
そう言って、明良さんは背中を見せながら肩の位置で左手を振ると、そのままお店を出て行ってしまった。
明良さん……。
やはり憶えていた。明良さんは、私のことを憶えていたが敢えてそのことには触れず、高橋さんにも何も話さなかったとも。その配慮に感謝しつつ、複雑な思いが交錯していた。あの人が……。まさか、明良さんが高橋さんの学生時代の友達だっただなんて。
「明良は?」
「時間がないとおっしゃって、先に行かれました。高橋さんによろしくと、おっしゃってました」
戻ってきた高橋さんに明良さんのことを聞かれ、メッセージを伝えた。
「よろしくって、明良の奴。食い逃げだな」
何も知らない高橋さんに対し、明良さんとは本当は初対面ではないのに咄嗟に初対面を装ってしまった自分。そしてその偽りは、高橋さんを裏切ってしまったように思え、後ろめたさで視界に靄が掛かって高橋さんを直視できなかった。
「俺達も、そろそろ帰るか」
「高橋さん。あの……」
「ん?」
振り返った高橋さんに瞳を捉えられ、思うように次の言葉が出てこない。こういうことは早く話してしまった方が、後々、楽なこともわかっている。けれど……。
あっ。
「高橋さん。ランチのお金……」
一緒に歩いていたが、バッグからお財布を出しながらだったので、高橋さんとの距離が開いてしまい、小走りで追いつきお財布からお札を出そうとしたところを、高橋さんの左手に私の右手は上から押され、お札は出せずじまいに。
「いくら日本の空港だからといって、いろいろな人達が行き交っている。無闇に財布を出したりするな。早くバッグにしまえ」
「でも……」
「あれこれ言ってないで、早くしろ。今度、持ち合わせのない時は、遠慮なくお前にご馳走になるから」
高橋さん。