鉄扉を開けた高橋さんと私の背中に、手を上げて応えてくれったおじさんの「ありがとう」といった声が響く。この人達は、この仕事に誇りを持っているんだ。この部屋が臭いと思ってしまった自分が、とても恥ずかしい。高橋さんの後に続きながら、入社してから数日間の自分を思い出して、浅はかな考えをしていたことを後悔していた。
「さて。ランチでも食べて、帰るとするか」
「高橋さん。私……」
「お前が何かを得てくれたのなら、それでいい」
高橋さん。
「ありがとうございました。とても……」
「社会科見学、楽しかったか?」
えっ?
「は、はい。と、とても」
そ、そんな、急に近づいてこないで欲しい。隣に立っていた高橋さんが、私の顔を覗き込んだので、思わず顎を引いて首をすくめてしまった。
「腹減りヘリハラ〜」
はい? 腹減りヘリハラ〜って……。
いったい高橋さんは、どんなキャラクターなのだろう? 真面目にバリバリ仕事をこなす人だと思っていたら、こんなお茶目な一面も持ち合わせていたりもする。
「何か、苦手なものとかあるか?」
「特にないです」
本当は少しあるのだが、高橋さんとせっかく一緒なので言えなかった。
「それじゃ、イタリアンでも食べて行こうか」
「はい。パスタとか大好きです」
良かった。パスタだったら、殆ど食べられる。
「そう、それなら良かった」
「ドリアとか、ラビオリとかも好きです」
「貴博!」
高橋さんと話しながらレストラン街に向かっていると、後から声を掛けられた。
「明良」
「珍しいな。貴博が空港に居るなんて、新入社員の研修以来か?」
「ちょっとな……」
明良さんという人がこちら見たので、お辞儀をした。
「高橋さん。私、トイレに行ってきます」
すると、黙って高橋さんが頷いてくれたのですぐに歩き出したが、背後から声が聞こえていた。
「貴博。俺、彼女を知ってる」
「ん?」