新そよ風に乗って ② 〜時の扉〜

ほんの僅かな時間の中で、頭の中を高橋さんの言葉と表情や仕草が駆け巡った。
「矢島さん。自分の目で確かめてごらん」
エッ……。
中原さんの声で、瞬時にステージを見た。
その私の目に飛び込んできたのは、高橋さんの前に置いてあるボックスの電光掲示板の示された、数字の1だった。
「ああ……」
思わず出た言葉にならない声に、両手で口を押さえた。
「優勝は、経理チーム」
司会進行者からそう告げられた途端、悲鳴のような歓声が経理の社員が座っているテーブルのあちらこちらから上がった。立ち上がって、ガッツボーズをしている人もいる。
高橋さん。
胸がいっぱいになり、両手で口を押さえたまま涙が溢れ出していた。
その時、高橋さんが右手に持っていた電卓を軽く投げ、電卓が一瞬、宙を舞ったが、すぐにまた右手で素早くキャッチすると、左手の拳で軽く右胸を二度叩いた。
涙で霞んで、高橋さんがよく見えない。
「高橋さんは、電卓を自分の身体の一部にしてるね」
「えっ?」
確かに、一歩も動かないまま高橋さんの右手に吸い込まれるようにして収まった電卓を持っている。しかし、その持ち方は先ほど計算していた時と同じ親指と小指で電卓を挟む持ち方。
「計算している時は、親指でACとCを押すこともあるんだ。高橋さんは左利きだから、右手で電卓持っているけれど、右利きの人は左手で電卓を持つ場合が多いから、ACとCは小指で押す感じかな」
「そ、そうなんですか?」
想像してみて雰囲気はわかったが、そう簡単に出来そうになかった。
「でなきゃ、あんな大事な電卓を軽くだけど投げて、それを見ずにキャッチするなんてことは出来ない。ましてステージの上で、それをやってのけるあたり、高橋さんはやっぱり経理のエースだよ。これじゃ、また女子の人気が上がる一方だ」
「中原さん?」
最後の一言に妙に素早く反応して中原さんの方を見ると、中原さんが驚いたのか、少し体を引いて私を見た。
「ゴ、ゴメン、ゴメン。冗談だから」
中原さんが焦ってる? 私、そ、そんな怖い顔していたんだろうか。
「あっ、い、いえ。そ、そうですよね。ただでさえ、高橋さんは人気あるし……」
何が言いたいのか、自分でも支離滅裂でよくわからない。
「では、授賞式に移ります。社長。よろしくお願いします」
毎年、恒例となっているだけあって、トロフィーに歴代チャンピオンの所属名が記載されたオーナメントが沢山付いている。此処に今年のチャンピオンとして経理の名前が入った新たなオーナメントが付けられるのだろう。何だか、何もしていないのに自分が勝ったみたいで嬉しい。