ホントなら誰にも伝えるつもりがなかった病気のこと。結城には話してしまった。1番話したくなかった人に。
泣きじゃくる私に何度も大丈夫と声をかけてくれて、落ち着いたら黙って私の話を聞いてくれた。
1から病気のことを話した上で結城は
『さくらが覚悟したように、俺も覚悟決めるから。そばにいさせてよ』
申し訳ない気持ちの方が大きかったけど話してしまった以上後戻りはできない。好きになっちゃいけない。と何度も何度も自分に言い聞かせできた。だけど何度も閉じたはずの心の扉が開いてしまった。
ごめんね。無責任でほんとに。いつか、近い将来君を忘れてしまう。あなたと一緒に大きな夢を見ることも、大人になることも許されない。
残された時間は人より少ないかもしれない。だけどこれから10年、20年、その先もっと君が強く生きていけるように、わたしは一生分の愛を君に捧げる覚悟を決めた。
君と離れ離れになること、君を忘れる恐怖は拭いきれないけど君がこれから生きる未来に希望と光があるように心から願って。
カバンの中からあの日落としたA4の診断書それからクマのストラップを取り出して
『遅くなった。これ返す。』
私は差し出された診断書を開いて見せた。
結城はそれを見て私の病気を認めることになるのが怖くなったのか、いつもみたいに私を真っ直ぐ見つめることなく下を見たままうん。と一言頷いた。
私が結城から離れるのが怖くなって、朝が明けるまで2人で過ごした。
次の日もそのまた次の日も当たり前のようにやってきて慌ただしく過ぎてゆく。
その当たり前の大切さに気がつくことができる人はほんのひと握り。1日たった24時間。1年365日。
秒で過ぎ去る日々。
私にとっては一日一日が残り少ない人生のカウントダウン。でも生きてるってそういうこと。病気になって余命宣言されてしまったからこの一日一日の大切さを人より少しわかるだけ。そんなことを忘れさせてくれるくらい結城は私のそばで笑ってくれる。
毎日一緒に登下校してスーパーによって私の家で一緒に夕飯を作る。
テーブルに並べられたハンバーグとサラダと野菜スープ。2人で手を合わせて食べ始めると
なんか新婚生活みたいだね。
少し嬉しそうに笑う結城に私は
結婚もしてなければ付き合ってもないでしょ。
と可愛げのないことをいう。
何回も付き合おうって言ってるのに嫌がるのはさくらでしょ。
結城は何度も私に付き合おうと告白してくれる。
それを私はヤダ付き合わないと結城を突き放してきた。
それは結城に申し訳ないとかそんなんじゃなくてただの嫉妬。私の何倍も長く生きる彼の隣に並ぶのは私じゃない。もっと健康で、もっと素直で謙虚な誰が見ても結城の隣が似合うと口を揃えて言われるような素敵な女の子。でも結城の隣をまだ誰にも渡したくなくて、目が潰れるくらいクシャッとする笑顔も失敗すると過度に落ち込む姿も私の頭を撫でる時の大きな手の感触も失いたくないものが多すぎる。口で言うことと私の本音。矛盾しすぎなくらい矛盾していることは分かってる。
結城の彼女になれたらきっとこれ以上ないくらいの幸せだろう。でも私の幸せのために結城を苦しめちゃいけない。
いいの。このままで私は幸せだから。
これが結城の前で綺麗でいる私の本音。
ならいいけどさくらは俺のものだからね。誰にも渡さないからね。わかってる?
幼い子供のようにまるで犬のような目をして言う結城のほっぺを軽くつねりながらわかってる。分かってる。
と言う私の目は涙で潤んでることが自分でもわかった。
でも結城は優しいから私の涙には気付かないふりをしてくれた。おいしいねこのハンバーグ。ほんとおいしい。と大きな口を開けて食べ進める。
食べ終わった食器を一緒に洗ってNetflixを見る。
どっちが先に眠りについたのかは分からない。アラームの音で目を覚ますと、気持ちいくらいの太陽の光が窓を差しこんでいてて、隣には気持ちよさそうに寝ている結城がいた。可哀想だけど叩き起す。目を擦りながらベットから起き上がるとそれぞれ準備をして家を出る。
手を繋いでいつもの道を歩き、校門をくぐる。
サッカー部のエース。学年一のイケメン。成績だって悪くない。天才と呼べるほどのレッテルをもつ彼の隣を並べば後輩、同級生、先輩、全ての人から冷ややかな目で見られることももう慣れた。
不安そうな顔をすれば結城は繋いだ手を強く握りしめてくれるから。
クラスは違うからばいばいと名残惜しそうに私の手を離すけど50分の授業以外は常に一緒。
いつものようにあの階段で一緒に昼食を食べてると太一。と呼ぶ声が聞こえる。それに結城は立ち上がっておうと返事をする。
明日の体育祭の年次サッカー対決にサッカー部から1名補欠ででることになった。三組の飯田が骨折したらしい。お前に出てもらうことになったからよろしく。
どうやらサッカー部員らしい。後ろにはマネージャーらしき背の小さな女の子が並んでいる。
太一いいでしょ?頼んだよエース!!
と笑顔を見せると結城の肩を強めに叩く。
いってぇーな。わかったっーの。
不機嫌そうな顔をして返事をすると、サッカー部員だと思われる男子が結城の耳元で何か話し出す。
それに耳を真っ赤にさせてまぁそんなもんよ。と答えるとさくら、ちょっとと手招きして私を呼ぶ。
重い腰を上げ立上り結城の隣に並ぶと
隣のクラスの橘さくら。と私を2人に紹介したあと、
こっちがサッカー部キャプテン向井陽斗。
マネージャーで陽斗の彼女中島咲。
2人がよろしくねとわたしに挨拶してくれたのでわたしもよろしくお願いしますと応えると、さくらちゃんね!同い年なんだからタメで!ね?咲って呼んで!
とキラキラな笑顔で言われたのでわかった。よろしくね咲ちゃんと私も笑顔で返すとそれを微笑ましそうに見つめる結城と目が合った。
午後の授業が終わってスマホを見ると結城からLINEが1件。
わりぃ、今日サッカーの練習あるから帰れないや。
一緒に帰れないから気をつけて帰れよ。
毎日一緒に帰っていたから当たり前になってしまっていた。これこそ小さな幸せだったのかもしれない。
わかった。気をつけて帰るよ。
真っ赤な夕日をバックに1人で駅まで歩く。
帰宅ラッシュで駅に向かう道までどこも人でいっぱいだ。
音楽を聴きながら歩いているとぴたりと自分の足が止まった。
ここどこ。
今自分がどこへ向かって歩いているのか、ここがどこなのか。全てが分からなくなりパニックになった。
呼吸も荒く、不安で涙が止まらない。
助けて、助けて。
誰に助けを求めているかも分からずただ立ちすくむだけだった。
少し時間が経って落ち着いた時帰りに結城が手のひらになにか書いてくれたことを思い出した。
下駄箱に向かうと途中さくらと大きな声で私を呼ぶ結城が私に駆け寄ってくる。
良かった、間に合った。首あたりには大粒の汗が流れていた。私のことを必死になって探してくれたのだろう。
今日一緒に帰れないから、もしなんかあったら電話して。手のひらに結城に電話!!と書いたあと自分の電話番号を書き足して
わかったね?大丈夫?
心配そうな顔をするので大丈夫だよなんかあったらちゃんと連絡するから。頑張ってサッカー。
本当は不安だったけど結城の邪魔をする訳には行かないので作り笑顔を見せた。
そうだ。
スクールバックからスマホを取りだし結城に電話をかける。
3コールくらいで結城が電話に出てくれた。
さくら、家ついたか?俺も練習少し早く終わって今家にかえ、、
助けて!!
結城の声を遮るように助けてと叫んだ。
声でもわかる慌てぶりで今どこだ。どうした。
と何度も聞いてくる。
ここがどこか分からないの。どこに行きたいのかも分からない。どうしたらいいの、
涙で言葉が上手く出てこない私に落ち着け一旦。大きく深呼吸して。
大丈夫だから。と何度も繰り返し私を落ち着かせてくれる結城の声で私は少し平常心を取り戻した。
近くに何がある?何が見える?と聞かれ
滑り台。すごく大きい滑り台。
わかった。そこを絶対に動かないで。すぐに行くからわかったな!
その声はもう既に息切れしていた。
私が答える前からもうきっと走り出してくれていたのだろう。
電話が切れて数十分。
どうすることも出来ず土手の上で座り込んで立てなくなっているとさくら!!!!
聞いた事のない大きく太い声で私を呼ぶと、今までに見た事のない顔をして一目散に走ってきた。
結城の顔を見た途端、涙が止まらなくなった。
大丈夫、大丈夫と抱きしめ背中をさすってくれる。
声を出してわんわん泣きわめく私に大丈夫、大丈夫しか言わない結城もきっと泣いていただろう。抱きしめられる私の肩が水溜まりのようになっていた。
落ち着いた?一緒に帰ろう。
放心状態の私をおぶってくれた。
夕日の中を歩いた道を戻って歩いた。
落ち着きを取り戻した私は、結城におぶられたまま、ごめんねほんと。
惨めで仕方なかった。みんなが当たり前にできることを私はこれから少しづつ出来なくなる。
こんなふうに結城に沢山迷惑をかける。
あの時やっぱり離れておくべきだった、嫌われてもいいから突き放すべきだった。それが私に残されたやるべき事だった。残りの人生結城の隣で笑ってたいなんて贅沢な願いを押し通すべきじゃなかった。
そんな後悔ばかりが詰まったごめんなさいを口にすると
何言ってんだよ。覚悟決めるって言っただろ。
初めっからそんな簡単な気持ちでお前好きになってねぇよ。そんなくだらねぇこと考えんな。もったいねぇつーの。
ネガティブな私の心をポジティブな言葉で晴れにしてくれる。彼の言葉はどんな薬よりも効く特効薬。
大好きだよ。
強く抱きしめると結城は当たり前のこと言うな。と強がって言うけど目は潤んでいた。
数10分歩くと着いたのは結城の家。
こっちの方が近かったから、今日はここ泊まってって。
玄関の扉を開けるとさくらちゃん!!
と結城にそっくりな女性が私に飛びついた。
ちょ、母さん!さくらびっくりしてるだろ。やめてくれよ。
どうやらこの女性は結城のお母さんらしい。
結城を無視して
やだ、身体がすごく冷たい!早くお風呂に入らないと!あ、その前にご飯かしら、ちゃんと食べてるの?細すぎない?と1人で喋る結城のお母さんに何度もご迷惑がかかるから家に帰ると言ったが夜も遅いし今日は家に!と元気なお母さんの圧に押され一晩だけお世話になることにした。
暖かくておいしい夕食。
元気なお母さんにいつもの結城。
食卓を飛び交う会話は私が経験したことない幸せな家族そのものだった。
食べ終えた食器をせめて洗わせて欲しいとお願いして洗い終えたあとお風呂をお借りした。
結城の中学のジャージと大きいスエットを借りて2階の結城の部屋へ向かう。扉を開けるとベットの上で漫画を読みながら上がった?と声をかけられた。
うん、気持ちよかった。ありがとう。
本当はお母さんにもお礼を言いたかったけどもう眠りについてしまっていた為明日お礼を言うことにする。
床に敷かれたふかふかのお布団に入ろうとすると
さくらはベット。こっちで寝な。
何度も断ったけど結城は自分のベットを譲ってくれた。
電気は消えて部屋は真っ暗。
でも全く眠りに付けなくて少しの沈黙の後
今日はごめんね。でもほんとにありがとう。
真っ白な天井を見つめながら言うと結城が起き上がった。
ありがとうだけでいいの。頭を撫でながら言う。
きっと素直になるってそういうこと。
結城に出会って気づけたことは山ほどある。
素直になること、頼るってこと、人を好きになるってこと、愛されるってこと。
ねぇ結城、一緒にこっちで寝てよ。
明日になったら私は全て忘れてしまっているのかもしれない。目を覚ました時が不安でできるだけ近くに結城を感じていたかった。
わかった。
先に眠りについた結城の背中に腰を回して抱きしめた。
大きな背中の体温はすごく高くて暖かい。
カーテンから盛れる太陽の明るさで目を覚ました。いつもと違う光景に驚き、記憶を辿る。隣で眠る結城を起こし、ここどこ?と聞くと
俺の家、昨日連れて帰ってきちゃった。
と冗談半分に言う結城に疑うことも無く笑みがこぼれた。
2人で下へ降りると結城のお母さんが朝ごはんを作ってくれていた。
おはようございます。準備手伝います!と言うと遮るようにいいの!座ってて、座ってて!
申し訳なかったけど結城のお母さんの圧に負け、先に座らせてもらった。
ダイニングテーブルに並べられた健康的な朝ごはんを頂いて身支度を済ませ玄関を出ようとした時結城のお母さんがお弁当をふたつ持たせてくれた。
体育祭だからお弁当でしょ。二人で食べなさいね。
可愛らしい袋に入れられたお弁当を有難く受け取って家を出た。
あのさ、サッカー優勝したら俺の言うことひとつ聞いてよ。
少女漫画で見るようなセリフを言うので私は少し照れて
優勝出来たらね。考えとくよ。
と言うと、ぜってぇー優勝してやる!見てろよ!
とガッツポーズをしてみせるので私も見てるよと笑顔で返す。
午前中の体育祭が終わりお昼休憩。
昼食は向井くんと咲ちゃんに誘われて4人で食べることになった。結城のお母さんのお弁当に入っていた卵焼きは私が作る卵焼きよりも甘くて優しい、食べたことの無いいわゆるお袋の味だった。箸が驚くほどのスピードで進むのに対して隣の結城はこの後すぐサッカーの初戦なので緊張しているのか顔を真っ青にして箸も止まっている。そんな結城を見て私はなに、緊張してるの?とちょっかいをかける。
そんなんじゃないわ!
と答える結城に向井くんも咲ちゃんも絶対緊張してるじゃんね!と目を見合せ笑っている。
怪我でしばらくサッカーをしていなかった結城にとって
この体育祭が復帰戦になるのだ。
人気者の結城を近くで見ようとコートの周りは女子の場所取りで混みあっている。
私は咲ちゃんに誘われてサッカー部のテントから一緒に観させてもらえることになった。
試合が始まる前のウォーミングアップを2人で見ているとさくらちゃんは結城のどこが良くて付き合ったの?
ニヤニヤしながら聞いてきたので付き合ってないんだよね。と目を背けながら答えると
え!!そうなの!?付き合ってると思ってた。
目を丸くし、驚いていた。
なんて返事をしていいか分からずいると
でも好きなんでしょ?さくらちゃん、結城のこと。
もう迷わずにうなずけた。
うん、結城のことだいすき。
答えると結城もさくらちゃんのことだいすきだと思うよ!
告白しなと急かすこともなく、ただ私の気持ちを知ってさりげなく背中を押してくれるだけの咲ちゃんに感謝している。
試合スタートの笛と共に結城は走り出す。
前半25分のところで向井くんがゴールを決めた。
隣では椅子から立ち上がって喜ぶ咲ちゃん。
私は勝っても負けても結城に怪我がなければそれでいいと思っていた。
試合中の結城の姿は今までで1番輝いていてかっこよかった。
1対0で後半戦に突入したがなかなか粘り強い試合のまま後半戦40分の最後のラストスパートで結城は思いっきりボールを蹴り2点目のゴールを決め、同じタイミングで試合終了のホイッスルがなった。
ゴールを決めた結城に笑顔で飛びつく向井くんと痛い痛いと嬉しそうな結城を見て私もすごく嬉しかった。
やったねー!さすがだね!あの2人はさすがだよー!
やっぱかっこいいね!!
と涙を浮かべながら喜ぶ咲ちゃんに私も
すごいかっこよかった。
あんなに一生懸命ボールを追いかけ汗水垂らしながら全力で取り組む結城の姿は今まで見た中で1番輝いていた。
ピッチの上の結城と目が合うと胸に拳を2回叩いてみせた。
それに私も笑顔グーポーズしてみせる。
結城が無事に試合を終えられた安堵のせいかキーンと耳鳴りがなり始めそのまま私は地面に倒れ込んだ。
遠くからさくらちゃんと何度も呼ぶ咲ちゃんの声と、心配そうに駆け寄る結城の姿がぼやけて見え、その後のことは全く覚えていない。
泣きじゃくる私に何度も大丈夫と声をかけてくれて、落ち着いたら黙って私の話を聞いてくれた。
1から病気のことを話した上で結城は
『さくらが覚悟したように、俺も覚悟決めるから。そばにいさせてよ』
申し訳ない気持ちの方が大きかったけど話してしまった以上後戻りはできない。好きになっちゃいけない。と何度も何度も自分に言い聞かせできた。だけど何度も閉じたはずの心の扉が開いてしまった。
ごめんね。無責任でほんとに。いつか、近い将来君を忘れてしまう。あなたと一緒に大きな夢を見ることも、大人になることも許されない。
残された時間は人より少ないかもしれない。だけどこれから10年、20年、その先もっと君が強く生きていけるように、わたしは一生分の愛を君に捧げる覚悟を決めた。
君と離れ離れになること、君を忘れる恐怖は拭いきれないけど君がこれから生きる未来に希望と光があるように心から願って。
カバンの中からあの日落としたA4の診断書それからクマのストラップを取り出して
『遅くなった。これ返す。』
私は差し出された診断書を開いて見せた。
結城はそれを見て私の病気を認めることになるのが怖くなったのか、いつもみたいに私を真っ直ぐ見つめることなく下を見たままうん。と一言頷いた。
私が結城から離れるのが怖くなって、朝が明けるまで2人で過ごした。
次の日もそのまた次の日も当たり前のようにやってきて慌ただしく過ぎてゆく。
その当たり前の大切さに気がつくことができる人はほんのひと握り。1日たった24時間。1年365日。
秒で過ぎ去る日々。
私にとっては一日一日が残り少ない人生のカウントダウン。でも生きてるってそういうこと。病気になって余命宣言されてしまったからこの一日一日の大切さを人より少しわかるだけ。そんなことを忘れさせてくれるくらい結城は私のそばで笑ってくれる。
毎日一緒に登下校してスーパーによって私の家で一緒に夕飯を作る。
テーブルに並べられたハンバーグとサラダと野菜スープ。2人で手を合わせて食べ始めると
なんか新婚生活みたいだね。
少し嬉しそうに笑う結城に私は
結婚もしてなければ付き合ってもないでしょ。
と可愛げのないことをいう。
何回も付き合おうって言ってるのに嫌がるのはさくらでしょ。
結城は何度も私に付き合おうと告白してくれる。
それを私はヤダ付き合わないと結城を突き放してきた。
それは結城に申し訳ないとかそんなんじゃなくてただの嫉妬。私の何倍も長く生きる彼の隣に並ぶのは私じゃない。もっと健康で、もっと素直で謙虚な誰が見ても結城の隣が似合うと口を揃えて言われるような素敵な女の子。でも結城の隣をまだ誰にも渡したくなくて、目が潰れるくらいクシャッとする笑顔も失敗すると過度に落ち込む姿も私の頭を撫でる時の大きな手の感触も失いたくないものが多すぎる。口で言うことと私の本音。矛盾しすぎなくらい矛盾していることは分かってる。
結城の彼女になれたらきっとこれ以上ないくらいの幸せだろう。でも私の幸せのために結城を苦しめちゃいけない。
いいの。このままで私は幸せだから。
これが結城の前で綺麗でいる私の本音。
ならいいけどさくらは俺のものだからね。誰にも渡さないからね。わかってる?
幼い子供のようにまるで犬のような目をして言う結城のほっぺを軽くつねりながらわかってる。分かってる。
と言う私の目は涙で潤んでることが自分でもわかった。
でも結城は優しいから私の涙には気付かないふりをしてくれた。おいしいねこのハンバーグ。ほんとおいしい。と大きな口を開けて食べ進める。
食べ終わった食器を一緒に洗ってNetflixを見る。
どっちが先に眠りについたのかは分からない。アラームの音で目を覚ますと、気持ちいくらいの太陽の光が窓を差しこんでいてて、隣には気持ちよさそうに寝ている結城がいた。可哀想だけど叩き起す。目を擦りながらベットから起き上がるとそれぞれ準備をして家を出る。
手を繋いでいつもの道を歩き、校門をくぐる。
サッカー部のエース。学年一のイケメン。成績だって悪くない。天才と呼べるほどのレッテルをもつ彼の隣を並べば後輩、同級生、先輩、全ての人から冷ややかな目で見られることももう慣れた。
不安そうな顔をすれば結城は繋いだ手を強く握りしめてくれるから。
クラスは違うからばいばいと名残惜しそうに私の手を離すけど50分の授業以外は常に一緒。
いつものようにあの階段で一緒に昼食を食べてると太一。と呼ぶ声が聞こえる。それに結城は立ち上がっておうと返事をする。
明日の体育祭の年次サッカー対決にサッカー部から1名補欠ででることになった。三組の飯田が骨折したらしい。お前に出てもらうことになったからよろしく。
どうやらサッカー部員らしい。後ろにはマネージャーらしき背の小さな女の子が並んでいる。
太一いいでしょ?頼んだよエース!!
と笑顔を見せると結城の肩を強めに叩く。
いってぇーな。わかったっーの。
不機嫌そうな顔をして返事をすると、サッカー部員だと思われる男子が結城の耳元で何か話し出す。
それに耳を真っ赤にさせてまぁそんなもんよ。と答えるとさくら、ちょっとと手招きして私を呼ぶ。
重い腰を上げ立上り結城の隣に並ぶと
隣のクラスの橘さくら。と私を2人に紹介したあと、
こっちがサッカー部キャプテン向井陽斗。
マネージャーで陽斗の彼女中島咲。
2人がよろしくねとわたしに挨拶してくれたのでわたしもよろしくお願いしますと応えると、さくらちゃんね!同い年なんだからタメで!ね?咲って呼んで!
とキラキラな笑顔で言われたのでわかった。よろしくね咲ちゃんと私も笑顔で返すとそれを微笑ましそうに見つめる結城と目が合った。
午後の授業が終わってスマホを見ると結城からLINEが1件。
わりぃ、今日サッカーの練習あるから帰れないや。
一緒に帰れないから気をつけて帰れよ。
毎日一緒に帰っていたから当たり前になってしまっていた。これこそ小さな幸せだったのかもしれない。
わかった。気をつけて帰るよ。
真っ赤な夕日をバックに1人で駅まで歩く。
帰宅ラッシュで駅に向かう道までどこも人でいっぱいだ。
音楽を聴きながら歩いているとぴたりと自分の足が止まった。
ここどこ。
今自分がどこへ向かって歩いているのか、ここがどこなのか。全てが分からなくなりパニックになった。
呼吸も荒く、不安で涙が止まらない。
助けて、助けて。
誰に助けを求めているかも分からずただ立ちすくむだけだった。
少し時間が経って落ち着いた時帰りに結城が手のひらになにか書いてくれたことを思い出した。
下駄箱に向かうと途中さくらと大きな声で私を呼ぶ結城が私に駆け寄ってくる。
良かった、間に合った。首あたりには大粒の汗が流れていた。私のことを必死になって探してくれたのだろう。
今日一緒に帰れないから、もしなんかあったら電話して。手のひらに結城に電話!!と書いたあと自分の電話番号を書き足して
わかったね?大丈夫?
心配そうな顔をするので大丈夫だよなんかあったらちゃんと連絡するから。頑張ってサッカー。
本当は不安だったけど結城の邪魔をする訳には行かないので作り笑顔を見せた。
そうだ。
スクールバックからスマホを取りだし結城に電話をかける。
3コールくらいで結城が電話に出てくれた。
さくら、家ついたか?俺も練習少し早く終わって今家にかえ、、
助けて!!
結城の声を遮るように助けてと叫んだ。
声でもわかる慌てぶりで今どこだ。どうした。
と何度も聞いてくる。
ここがどこか分からないの。どこに行きたいのかも分からない。どうしたらいいの、
涙で言葉が上手く出てこない私に落ち着け一旦。大きく深呼吸して。
大丈夫だから。と何度も繰り返し私を落ち着かせてくれる結城の声で私は少し平常心を取り戻した。
近くに何がある?何が見える?と聞かれ
滑り台。すごく大きい滑り台。
わかった。そこを絶対に動かないで。すぐに行くからわかったな!
その声はもう既に息切れしていた。
私が答える前からもうきっと走り出してくれていたのだろう。
電話が切れて数十分。
どうすることも出来ず土手の上で座り込んで立てなくなっているとさくら!!!!
聞いた事のない大きく太い声で私を呼ぶと、今までに見た事のない顔をして一目散に走ってきた。
結城の顔を見た途端、涙が止まらなくなった。
大丈夫、大丈夫と抱きしめ背中をさすってくれる。
声を出してわんわん泣きわめく私に大丈夫、大丈夫しか言わない結城もきっと泣いていただろう。抱きしめられる私の肩が水溜まりのようになっていた。
落ち着いた?一緒に帰ろう。
放心状態の私をおぶってくれた。
夕日の中を歩いた道を戻って歩いた。
落ち着きを取り戻した私は、結城におぶられたまま、ごめんねほんと。
惨めで仕方なかった。みんなが当たり前にできることを私はこれから少しづつ出来なくなる。
こんなふうに結城に沢山迷惑をかける。
あの時やっぱり離れておくべきだった、嫌われてもいいから突き放すべきだった。それが私に残されたやるべき事だった。残りの人生結城の隣で笑ってたいなんて贅沢な願いを押し通すべきじゃなかった。
そんな後悔ばかりが詰まったごめんなさいを口にすると
何言ってんだよ。覚悟決めるって言っただろ。
初めっからそんな簡単な気持ちでお前好きになってねぇよ。そんなくだらねぇこと考えんな。もったいねぇつーの。
ネガティブな私の心をポジティブな言葉で晴れにしてくれる。彼の言葉はどんな薬よりも効く特効薬。
大好きだよ。
強く抱きしめると結城は当たり前のこと言うな。と強がって言うけど目は潤んでいた。
数10分歩くと着いたのは結城の家。
こっちの方が近かったから、今日はここ泊まってって。
玄関の扉を開けるとさくらちゃん!!
と結城にそっくりな女性が私に飛びついた。
ちょ、母さん!さくらびっくりしてるだろ。やめてくれよ。
どうやらこの女性は結城のお母さんらしい。
結城を無視して
やだ、身体がすごく冷たい!早くお風呂に入らないと!あ、その前にご飯かしら、ちゃんと食べてるの?細すぎない?と1人で喋る結城のお母さんに何度もご迷惑がかかるから家に帰ると言ったが夜も遅いし今日は家に!と元気なお母さんの圧に押され一晩だけお世話になることにした。
暖かくておいしい夕食。
元気なお母さんにいつもの結城。
食卓を飛び交う会話は私が経験したことない幸せな家族そのものだった。
食べ終えた食器をせめて洗わせて欲しいとお願いして洗い終えたあとお風呂をお借りした。
結城の中学のジャージと大きいスエットを借りて2階の結城の部屋へ向かう。扉を開けるとベットの上で漫画を読みながら上がった?と声をかけられた。
うん、気持ちよかった。ありがとう。
本当はお母さんにもお礼を言いたかったけどもう眠りについてしまっていた為明日お礼を言うことにする。
床に敷かれたふかふかのお布団に入ろうとすると
さくらはベット。こっちで寝な。
何度も断ったけど結城は自分のベットを譲ってくれた。
電気は消えて部屋は真っ暗。
でも全く眠りに付けなくて少しの沈黙の後
今日はごめんね。でもほんとにありがとう。
真っ白な天井を見つめながら言うと結城が起き上がった。
ありがとうだけでいいの。頭を撫でながら言う。
きっと素直になるってそういうこと。
結城に出会って気づけたことは山ほどある。
素直になること、頼るってこと、人を好きになるってこと、愛されるってこと。
ねぇ結城、一緒にこっちで寝てよ。
明日になったら私は全て忘れてしまっているのかもしれない。目を覚ました時が不安でできるだけ近くに結城を感じていたかった。
わかった。
先に眠りについた結城の背中に腰を回して抱きしめた。
大きな背中の体温はすごく高くて暖かい。
カーテンから盛れる太陽の明るさで目を覚ました。いつもと違う光景に驚き、記憶を辿る。隣で眠る結城を起こし、ここどこ?と聞くと
俺の家、昨日連れて帰ってきちゃった。
と冗談半分に言う結城に疑うことも無く笑みがこぼれた。
2人で下へ降りると結城のお母さんが朝ごはんを作ってくれていた。
おはようございます。準備手伝います!と言うと遮るようにいいの!座ってて、座ってて!
申し訳なかったけど結城のお母さんの圧に負け、先に座らせてもらった。
ダイニングテーブルに並べられた健康的な朝ごはんを頂いて身支度を済ませ玄関を出ようとした時結城のお母さんがお弁当をふたつ持たせてくれた。
体育祭だからお弁当でしょ。二人で食べなさいね。
可愛らしい袋に入れられたお弁当を有難く受け取って家を出た。
あのさ、サッカー優勝したら俺の言うことひとつ聞いてよ。
少女漫画で見るようなセリフを言うので私は少し照れて
優勝出来たらね。考えとくよ。
と言うと、ぜってぇー優勝してやる!見てろよ!
とガッツポーズをしてみせるので私も見てるよと笑顔で返す。
午前中の体育祭が終わりお昼休憩。
昼食は向井くんと咲ちゃんに誘われて4人で食べることになった。結城のお母さんのお弁当に入っていた卵焼きは私が作る卵焼きよりも甘くて優しい、食べたことの無いいわゆるお袋の味だった。箸が驚くほどのスピードで進むのに対して隣の結城はこの後すぐサッカーの初戦なので緊張しているのか顔を真っ青にして箸も止まっている。そんな結城を見て私はなに、緊張してるの?とちょっかいをかける。
そんなんじゃないわ!
と答える結城に向井くんも咲ちゃんも絶対緊張してるじゃんね!と目を見合せ笑っている。
怪我でしばらくサッカーをしていなかった結城にとって
この体育祭が復帰戦になるのだ。
人気者の結城を近くで見ようとコートの周りは女子の場所取りで混みあっている。
私は咲ちゃんに誘われてサッカー部のテントから一緒に観させてもらえることになった。
試合が始まる前のウォーミングアップを2人で見ているとさくらちゃんは結城のどこが良くて付き合ったの?
ニヤニヤしながら聞いてきたので付き合ってないんだよね。と目を背けながら答えると
え!!そうなの!?付き合ってると思ってた。
目を丸くし、驚いていた。
なんて返事をしていいか分からずいると
でも好きなんでしょ?さくらちゃん、結城のこと。
もう迷わずにうなずけた。
うん、結城のことだいすき。
答えると結城もさくらちゃんのことだいすきだと思うよ!
告白しなと急かすこともなく、ただ私の気持ちを知ってさりげなく背中を押してくれるだけの咲ちゃんに感謝している。
試合スタートの笛と共に結城は走り出す。
前半25分のところで向井くんがゴールを決めた。
隣では椅子から立ち上がって喜ぶ咲ちゃん。
私は勝っても負けても結城に怪我がなければそれでいいと思っていた。
試合中の結城の姿は今までで1番輝いていてかっこよかった。
1対0で後半戦に突入したがなかなか粘り強い試合のまま後半戦40分の最後のラストスパートで結城は思いっきりボールを蹴り2点目のゴールを決め、同じタイミングで試合終了のホイッスルがなった。
ゴールを決めた結城に笑顔で飛びつく向井くんと痛い痛いと嬉しそうな結城を見て私もすごく嬉しかった。
やったねー!さすがだね!あの2人はさすがだよー!
やっぱかっこいいね!!
と涙を浮かべながら喜ぶ咲ちゃんに私も
すごいかっこよかった。
あんなに一生懸命ボールを追いかけ汗水垂らしながら全力で取り組む結城の姿は今まで見た中で1番輝いていた。
ピッチの上の結城と目が合うと胸に拳を2回叩いてみせた。
それに私も笑顔グーポーズしてみせる。
結城が無事に試合を終えられた安堵のせいかキーンと耳鳴りがなり始めそのまま私は地面に倒れ込んだ。
遠くからさくらちゃんと何度も呼ぶ咲ちゃんの声と、心配そうに駆け寄る結城の姿がぼやけて見え、その後のことは全く覚えていない。
