儚い桜に花びらを

あの日から1ヶ月。
スマホから鳴り響くアラームの音。いつもと変わらない朝を迎える音。大きなため息を1つ付き、身支度を整える。昨日の晩御飯の残り物とふりかけを混ぜただけのおにぎりをバックに詰め込み、時計に目をやると間に合うか間に合わないかギリギリの時刻になっていて少し焦って玄関の扉を開けると一見チャラそうな結城が私の名前を呼び笑顔を向ける。
おはようさくら
なんでいるの。
素っ気ない態度に結城は私の肩にかかったバックを自分の方にかけ直し、一緒に行こう。と私の返事を聞くまもなく歩き始めた。普段なら15分かかる距離も結城の歩幅に一生懸命合わせながら歩くせいか、10分で学校に到着した。
クラスの人気者の結城の横を並びながら歩くと後ろから妬みの声が聞こえてくることは少なくなかった。隣に並ぶ結城の耳にも届いてるはずなのに聞こえないふりをして、私の右手を強く握りしめる。
耐えられなくなった私は、離して。強引に結城の手を振り払いバックを受け取りそのまま走り出した。
目立つことが嫌いなのに、結城といると目立ってしまう。
上靴に履き替え、教室を通り過ぎ屋上まで登る。買ったばかりの紅茶を開け1口のみ、一息つくとスマホが音を立てなり始めた。
着信は結城だった。出ることも無くそのまま切る。
やっぱりな。後ろから聞き覚えのある声が聞こえ振り返る。
ここにいると思ったよ。なんで電話出ないんだよ。てか、なんで急に走って逃げるんだよ。
口を開けば文句しか言わない結城にごめん。
それしか言えなかった。
さくらがサボるなら授業サボるのもありだな。
冗談交じりに悪賢い笑顔を見せる結城になにか言おうと考える前に結城が口を開く。なんかあった?
一瞬で顔つきが変わり心配そうな目で私を見つめる。なにもない。はやくいって。
ほんとはかわいい女の子みたいに、隣にいて話を聞いてもらえばいいのにそんなに素直になれない私は素っ気なく君を突放す。
寂しそうな顔をして結城はその場を離れた。。
一日中屋上にいる訳には行かないので、一限目の鐘がなり終わる頃長い階段をゆっくり降り教室へ戻る。居るか居ないかもほとんど気が付かれないので静かに席に座ればサボっていたことなんてほとんどバレない。
ああ、やっぱり頭が痛い。カバンからクマのポーチを取りだし薬を1粒飲む。
一ヶ月後に体育祭を控えているため、昼休みにはグラウンドでリレーや、大縄跳びの練習をしている生徒が大勢いる。自分しかいない静まった教室に1人ぽつんとお弁当を食べる。
早退するのもありだななんて考えていると結城がクリームパンとアンパンをもって隣の席に腰を下ろした。どっちか食べる?当たり前のようにそう言って笑顔を見せた。
食べない。なんで来たの。隣で笑う結城に目をやりすぐそらしそう言った。
一緒に食べたいから、隣に来た悪い?
“一緒に“真っ直ぐすぎて素直すぎて、時々たまに苦しくなる。その素直さに圧倒されて、自分のひねくれさが目立つから。
ほんとは嬉しいって、言えればいいのに私はその4文字が素直になれなかった。だから返事もせず昨日の夕飯の余り物と冷凍食品を詰めただけのお弁当を再び食べ始める。
さくら。今日放課後、、
結城がそう言いかけたとき、教室の扉から
太一、ちょっといい??
隣のクラスの女の子が結城の下の名前で呼んだ。それに答えるように結城はちょっとごめん。それだけ言って廊下に走っていった。
2人きりの空気が苦しくて、逃げるようにトイレへ駆け込んだ。用を足して出ようとした時、
私、太一のことずっと好きだった。付き合ってくれない?
初めて見た告白シーン。何故か胸が痛むこの気持ち。何もかもに驚いて逆の出入口から教室へ戻る。何事も無かったように戻って来た結城に私は聞けなかった。しばらく沈黙が続いて結城が口を開いた。今日の放課後空いてる?一緒に帰れる?てか帰ろう。返事を聞く前に全て決めてしまう結城に戸惑ったけど別に断る意味もなく、半分強引に一緒に帰ることになった。


週に一回の7時間授業、外は真っ暗で小雨の雨も降っていた。玄関で待っていた結城と校門を抜け少し歩き始めると
なんか聞きたいことあるんじゃないの?
交差点の信号待ち結城がそう言って私はなにもない。それだけ答えまた黙り込んだ。
聞いてもないのに結城は
付き合ってないよ。俺、好きな子いるからさ。振り向いて貰えないかもだけど諦めないって決めたから。
普段はふざけてばかりの結城が真面目な顔して私にいう。
結城の言葉と同時に信号が青に変わる。私の1歩先を歩き始め、それに追いつくように私も前へと動き出す。
別に聞いてないよ。本当は気になって仕方なかったのに思ってもないことが口から出る。
でも本当は気になってたでしょ。ねぇ!嬉しそうな顔をして私に詰寄る。
だから気になってないよ。思わず盛れる笑みが結城にバレないように顔を背ける。
ふーんと足速に歩き始める結城に声をかける。
ねぇもう少しゆっくり歩いてよ。
やだね。早く追いつけよ。
また少し早く歩く結城を一生懸命追いかける。
何度も断ったけど家まで送ると聞かずに家の前まで送り届けてくれた。
ありがとう。それだけ言って鍵を開ける。
さくら、さっきのお前に言った言葉だから。
俺本気だよほんと。だからさ、ちょっと考えてよ。
照れくさそうに耳を真っ赤にし真っ直ぐ想いを伝えてきた結城に背を向けささくさと家の中に入る。
部屋の小さな小窓から結城が2人で歩いて来た道を戻るように歩き始める後ろ姿を見つめながら、もう少しだけ結城の隣にいたいと願ってしまう。
ねぇ神様、どうしてこんなに不平等なの。私はただ平凡な生活が出来たらそれでよかった。なのになんで私から全てを奪っていくの?どうして病気にかかるのが私じゃなきゃいけなかったの?
答えもない疑問が湧き出し、開かないように鍵を閉めていた胸の扉が勢いよく開いた。病気になって初めて自分の弱さと本音を知った気がする。
この世に未練がないと言えば嘘になる。だけど不思議と怖さだけは何も無かった。病気にありがとうじゃないけど忘れたい過去だって少なくない。深刻そうな顔をして医者は決まり文句のようなセリフを連発した。
持って半年、早くて3ヶ月、、断言はできません。それより早く、もっと長く生きられる方もいます。ただ、長く生きられれば生きられるだけ日常生活に支障が出てくることを覚悟してください。
なんて返事をしていいのかも分からず、自分の身体のことなのに、自分のことではないようで受け入れにくく、よろしくお願いします。それだけ口にしたあの日の出来事が鮮明に思い出された。
怖さなんてこれっぽっちもなかったのに、なんでだろう涙が止まらない。あ、やっぱ怖いんだ死ぬの。初めて気がついた。自分の本音。
泣いたのなんていつぶりだろう。思い出すことも一苦労なくらいほんとに久しぶりに涙を流した。乾ききったと思ってた涙がちゃんと出てまだ生きてる。生きれてる。病気だって分からなかったら知れなかった自分の気持ち。病気になってよかったなんて思えないけど、これが私の決められた運命だって言うなら精一杯生きてやる。覚悟を決めた時大粒の雫がポロリと垂れた。