頭痛が続くことと、物忘れが激しいことに違和感を覚え、近くの病院を受診すると大学病院を紹介するから精密検査を受けた方がいいと言われた。
風邪薬とかそういう一般的な薬を処方されてすぐに改善するものだと思っていたが、あまりにも深刻そうに言うので紹介された大学病院を受診することにした。
いくつかの検査を受けたあと個室に案内され、CTやMRIの結果を元に白衣を着た40歳くらいの先生が口を開く。診断結果は若年性アルツハイマーです。
あまりにも聞き馴染みのないセリフが飛び出し私は理解に追いつかなかった。震えた手を必死で抑え、覚悟を決めて口にした『あとどれだけ生きられますか、私に残りどれだけの時間が残っていますか。私はあとどれだけ覚えていられますか。』
その後主治医の先生とどんな会話を交しどんな状況だったかは全く覚えていないけれど
若年性アルツハイマーだと診断を受けたあと私は気がついたら駅のベンチに座ってて、気がついたら目の前に知らない男の人が立っていて気がついたら自分の部屋で眠りについていた。こんなふうにきっと少しづつ記憶が消えていく。私が生きた証も、歩んできた軌跡も。そんなのもありだと思う。生きている意味も分からなかったし、ただ平均寿命までぼんやり生きて1人寂しく死ぬより、病気で死ぬほうがまだマシかとも思う。
私達に接点なんてひとつもなく、あの日たまたま出会った通行人。そのくらいの気持ちだったのに次の日、教室に入ると私の席に見知らぬ人が座っていた。私の視線に気づき、立ち上がると、話があるから着いてきてと私の右腕を軽く引っ張りながら長い螺旋階段を降り始めた。
周りの視線が痛い。なぜ私みたいな女が学年一モテ男子と呼ばれる結城太一の隣を歩いているのかと言わんばかりの視線を浴びた。それに耐えられなくなった私は人気が無くなったところで話してと強引に腕を振り払う。
私よりも20cm程身長が高い結城は見上げるだけでも首が痛い。何か言いたげに黙って目を見つめてくる空気に耐えられずなに?話があるんでしょ早くしてと。私から目を逸らし結城を急かすとポケットに手を入れ、小さいころから肩身離さず持っていたクマのキーホルダーと4つ折りにされたA4サイズの紙を取り出す。
バックに入っているはずのものが結城の手の中にあり、驚きを隠せなかったが、昨日ベンチに忘れたんだと一瞬で点と点が結びついた。
返して!!と結城の手から奪おうとするとひょいっと両手を上げる。
今は返さない。俺の言うこと聞いてくれたら返してあげる。
と小さな子供がイタズラを企むような顔で言ってくる。
何度も返して欲しいと交渉したが聞く耳すら持ってくれないので仕方なく分かったと返事をした。
ストラップを無くさないこと、その紙を開かないことを条件に。
と鼻と鼻がぶつかるくらい近い距離で分かった。これからよろしくねさくら。と下の名前で呼ばれた。
あまりにも急の出来事で戸惑ったが平常な振りをした。
この出来事を誰にも見られていないことを祈りながら