儚い桜に花びらを

身の回りの事が出来なくなり、結城に頼りっぱなしになってしまったことに惨めに思う気持ちはありつつ、それでも顔を見るだけで、声を聞くだけでまだ生きたい、まだ覚えていたいと言う気持ちにさせてくれる。
それから何度か結城を忘れてしまうことがあったけど
『結城だよ。分かる?』
何度も何度も私に思い出させてくれた。

入院生活が始まって2ヶ月を迎えようとした時私は咲ちゃんにお願いして病院まで来てもらった。
コトコトとローファーの足音を立てながら病室の扉が開くと顔を真っ赤にした咲ちゃんが入ってきた。
さくら元気にしてた?体調は?
今日はすごくいいよ。急にごめんね来てくれてありがと。
全然だよ、私も会いたかったもん
私が咲ちゃんを呼んだのには理由があった、
あの日。私が病院に運ばれた日結城に向井くんたちに病気のことを伝えようと言われた。
2人にまで迷惑をかけることも重い負担をかけてしまうこともしたくなかった私はまだ言いたくないと、時期が来たら自分の口から伝えたいとわがままを言ってお願いした。
自分が覚えているうちにそろそろ伝えておかなきゃいけないと決心した。
あのね、私若年性アルツハイマーっていう病気なの。
少しずつ記憶が薄れてしまう病気。
え、、
驚いたように目には涙を溜め込んで黙って私を見つめる。
ごめんね。急に泣かないでお願い、
そう言いながら咲ちゃんの背中をさする私も涙が止まらなくなった。私のためを思って泣いてくれる人がいるってことが嬉しかった。
なんで、どうして、なんでさくらなのよ。病気になるのがどうしてさくらなの!!
大きな声で泣きながら言う咲ちゃんに
ごめんごめん。なんでなんだろうね、どうして私なんだろう。
二人でわんわん抱き合い泣いたあと私は一通の手紙を渡した。
この手紙は私が全て忘れて、死んでしまった時に結城に渡して欲しいの。今渡せばきっと結城は諦めるのが早すぎるとか怒ると思うから。
でももう私は覚悟してる。いつどうなってもおかしくないことくらい分かってるから。せめて伝えたいことを覚えているうちに全て残された結城に残してあげたい。
お願いできる?
少し悩んでいたけど涙を流しながらわかった、責任もって預かるねこの手紙。と私の願いを引き受けてくれた。

くだらない話を何時間もして外も暗くなり咲ちゃんとまたねとバイバイした。次に咲ちゃんと会う時私は今日のことを覚えているだろうか。こんなに私のことをおもってくれているということ。本音で語れる、友達と呼べる人が初めてできたということを。

しばらくすると病室に結城が入ってきた。
今日は私が無理を言って結城と一緒にしたいことがあると部活を休んで早く来てもらうようにお願いした。
私には病気だと言うことを打ち明けてから一つだけ決めたことがあった。
『結城、引き出しの中からハガキ取ってくれる?』
残りの2枚のハガキ、20歳のさくら、結婚するさくらの2枚をもう開けてしまおうと思った。
自分の体は自分が1番よくわかってるし、20歳まで、結婚するまで生きられない、記憶が持たないことを察してしまったから。
『このハガキ何?』
疑問そうにハガキを見つめる結城にこのハガキが何なのか1から説明した。
『さくらはそれでいいんだね?』
正直迷いはあるけどもう決めたこと。
『うん決めた。結城も一緒に読んでくれる?』
『もちろん、一緒に読もう』
難しい漢字もひらがなも前みたいにパッと思い出せなくなってしまったから、何よりも何が書いてあるか分からないハガキを1人で読むのは怖かったから。
20歳の手紙は今まで読んだ3枚の手紙とほとんど内容は同じだった。
結婚するさくらへの手紙を手に取った結城が言った
『これだけなんか分厚いよ。』
思ってもみなかった、これだけ厚みが違うなんて。
封を空けて結城が読み上げてくれた。
『結婚するさくらへ
さくらに黙っていたことがあります。あなたから離れる2ヶ月前私に病気が見つかりました。
若年性アルツハイマー、、、あなたの事も少しずつ忘れてしまう病気です。
忘れる前に、弱ってしまう私をあなたに見せたくなかった。強いままでいたかった。母子家庭で寂しい思いも沢山させてしまったかもしれない。だけどあなたを愛している気持ちだけは誰にも負けない自信があります。若くしてままになったけどあなたを産んだことが私の人生で私が1番誇れることです。さくらの名前を平仮名にしたのは何にも染まらない純粋などんな人にも平等に思いやりをもてるそんな人間に成長して欲しいと思ったから。あなたが生まれてからの3年間これからあなたがこの世界を1人で生き抜けるように育ててきたつもりです。
今目の前にいる3歳のさくらはこの手紙を読む頃どんな大人に成長しているでしょうか。これから先の長い人生の節目を一緒に迎えられないこと、あなたの成長を見届けられないことが私の唯一の心残りです。大人になったさくらといつか肩を並べて笑い合える日を楽しみに首を長くして待っています。さくらが娘でよかった。病気になってしまったけどさくらのことだけは忘れません。この手紙を読んでいるということはあなたの隣に支えてくれる素敵な人がいるということでしょう。
私の代わりにさくらの花びらになってくれる人が。
儚いからこそ美しい。儚いからこそ何度も何度も恋しくなる。
心が綺麗な人でいられますように。
周りの人から愛される人でいられますように。
その愛を素直に受け入れられる人でいられますように。
あなたが歩く未来が明るいものでありますように。

どこにいてもあなたを想い、愛しています。
幸せになってね。

読み終わった時には顔が涙でぐしゃぐしゃにな
った。
同じ病気で苦しんでいた母を思うと胸が痛い。
涙が止まらない私の背中を何度も何度もさすってくれる結城の目にも大粒の涙がこぼれていた。
読んでよかった。覚悟を決めて良かったと思った。
『さくら、諦めるなよ。俺は支えることしか出来ないけどお母さんの代わりにお前の花びらになってやるから!!』
結城の言葉に何度も何度も頷いた。
5枚のハガキの最後の1文。
何度春が来てもさくらのはなびらになる。
きっと母が伝えたかったことは、誰かの1部になるということ。

人は必要な時に必要な人と出会う
こんな言葉がある。あの時の私に結城は必要な人材だったんだと確信した。
記憶があるうちに意味を知ることが出来たこと、結城が花びらになると言ってくれたことが嬉しくて、たくさんの愛を伝えてくれる人がいて幸せものだと思った。