夜。約束の時間になり、パソコンを立ち上げていつものチャットに入る。ゲームをする時は専用のチャットでやり取りをするため、時間になれば四人が集まるのだが。
【あれ、二人はまだなんだ】
オンラインになっていたのは怜斗だけだった。
【あいつらはちょっと遅れるってよ】
【それよりちょっと話そうぜ】
そのチャットが送られてからすぐに通話が始まった。
数時間ぶりに聞こえてきた声はバイト終わりの割に元気そうだった。
四人揃ってからゲームを始めると言われたので、僕は引き出しからノートを取り出し、いつものように日記をつけながら怜斗の話を聞いていた。
今になって思う。
途中からでもパソコンに打ち込むようにすればよかったと。それなら紙代いらないし、漢字も変換してくれるし、何より楽だ。
中学までは茜と共同で使っていたから仕方ないとして、高校に入ってからは自分用のパソコンを買ってもらっていた。
まぁでも紙ならデータが消えることはないから、その点はいいのかもしれない。
「そういえばさ、気になってたことがあるんだけど。聞いてもいいか?」
「なに?」
「お前さ、最近変じゃね?」
その言葉にペンを握っていた手が止まる。
先程までの話題は相槌を打っていればよかったが、この質問には何か言わなければ。
そう思ってノートに目を向けたまま聞き返す。
「具体的には?」
「そうだなー、心ここに在らずというか。まぁ何考えてんのか分からないのはいつものことだけど、なんか違うんだよな」
正直に言うと、その自覚はある。多分、あの日から。
みずきと名乗った女性。あれ以来会っていないのに、彼女の言ったことが忘れられないでいた。
「へー、そうか」
無機質な声を返し、再びペンを動かし始める。するとヘッドホンから「だぁー!」と言うバカでかい声が聞こえてきた。
「まーたそうやって誤魔化す。いつもの手を使って話から逃げるのはなしだ……って言いたいけど、なんかあったんなら話くらい聞くぞ?」
適当に反応して話から逃れようとする手はよく使う。これ以上深入りされたくない時とか、自分から何も言いたくない時に。
でも直接聞いてくるあたり、こいつなりに気にかけてくれていたんだろう。これ以上心配をかけるのも心苦しい。
「じゃあ、一個だけ。……自由ってなんだと思う」
「……哲学?」
「君は自由だから、やりたいことやっときなって言われて。その意味をずっと考えてた」
質問を投げかけるとしばらく続いていた会話がプツリと切れた。こうなることを恐れて言いたくなかったというのもあるけど、この手の質問を怜斗が真面目に答えてくれるとも思っていなかった。だから、適当に答えてくれたので構わなかったけれど、怜斗は分かりやすく悩んでいた。
「自由、自由……うーん、今みたいな時間のことじゃね?好きな時にやりたいことができるとか、会いたいやつに会えるとか。お前が探してる答えとは違うかもしれないけど、俺ならこう答えるかな」
そう言って笑っていた。
こいつ、やっぱりすごいな。僕が見つけられずにいる答えを、こんなさらっと。
すぐに答えられるのは、きっと怜斗が自分の考えをちゃんと持っているから。
「怜斗ってたまにさらっといいこと言うよな」
「たまに?」
「あぁ」
僕にとっての自由って、なんだろう。
あの時の話が未だ頭に残っているということは、自分にとって何か大切なことのように思える。だけどその理由は分からない。
自由と聞いてすぐに浮かぶのは、何にも縛られずに生きること。
そんな在り来りな答えでは納得できない自分がいた。
でもそれでいい。今こんなことを考えていても、いずれ忘れてしまうだろうから。
なんてことないただの雑談。話していた相手が見慣れない綺麗な人だったから一時的に覚えているだけ。ただそれだけのことだ。
「またなんかあったら言えよ。いいこと言ってやるから」
「サンキュ。なんかあったらな」
【遅れてごめん!】
【今から上がれるけど始める?】
話が終わると、拓巳と叶山からチャットが送られてきた。
「よし。やろうぜ」
「春休み入ったら時間気にせずできるな」
「そん時は付き合えよ」
「わかったよ」
それから始まったゲームの中で、怜斗があの話に触れることはなかった。