「いらっしゃいませ」
自分の背よりも高い棚を見上げていた小さな女の子に声をかけた。
こういう時は目線を合わせた方がいいよな。
僕は女の子の隣にしゃがみ込んだ。
「なにかお探しですか?」
見た感じ三歳くらいだろうか。一人で買い物……地元の人ならそう考えられるけど、見かけない子だ。今日は祭りもやってるし迷子の可能性もある。そもそもこの辺りを子ども一人歩かせるのもどうなんだ。今はそんなに人通りが多くないけど、増えてくると人の波に流されるかもしれないのに。
そんなのことを考えていると、女の子と目が合った。
自分の姿を映しているであろう丸く澄んだ瞳を見つめ返すと吸い込まれそうになる。
「あの……」
その声にハッとして思わず肩が動いた。
「はい」
少し視線を泳がせてから、女の子はグッと手を握り締めて言った。
「どうぶつさんがついてるストラップを探してるの」
「動物……」
確かに女の子が見ていたのは、ぬいぐるみやキーホルダーが並んでいる棚だ。
「ママのたんじょうびがもうすぐだから、それでプレゼントを買いたくて」
誕生日プレゼントを買いにわざわざ……。その優しさになんだか微笑ましくなる。
けれどこの店にプレゼントになるような雑貨はあまりないし、それこそ祭りの会場に行った方がいいものを見つけられそうな気もするけど、この子一人に行かせるのもな。母親へのプレゼントなら何も言わずに来たのかもしれないし。
とりあえず動物のストラップを……。
言われた通り、隣の棚からいくつかストラップを取って女の子に見せる。
キーホルダーやストラップは多めに扱っているが、動物のついているものは少ない。
今あるのは温泉につかる猫と、もみじを頭に乗せたうさぎと、桜の冠をつけたひよこ。
手のひらに乗るストラップたちを見て、女の子はひとつを選んだ。
「ひよこ……」
「これ?」
ひよこのストラップを持ち上げると、付いていた小さな鈴がシャランと鳴った。
「わたしの名前と似てるから、よくからかわれるの。チビひよこって」
「あ……」
これは嫌いという意味でひよこと言ったのか。
再び視線を下げた女の子を見て、過去の記憶が蘇る。
こんな幼い子にも色々あるんだな。知らなかったとはいえ、悪いことをした。
僕がストラップをそっと背中に隠そうとすると、女の子はばっと顔を上げた。
「でもね、ひよこは好きなんだ」
「えっ」
その声は明るく元気な鈴の音のように凛と響いた。
「だってかわいいじゃん!みんなチビって言うけど、ひよこってふわふわしててかわいいんだよ!」
こちらに笑顔を向ける女の子は少し大人びて見えて、必死にひよこのことをフォローする姿が可愛らしくもあった。
コロコロと変わるその表情に気を取られていると、肩に体重がかかった。
「ひよこ可愛いよね。私も好きだよ!」
「おい茜」
いつの間にか店に出ていた茜がしゃがんでいた僕の肩に両手を乗せて身を乗り出していた。
こいつ、離れたところから話聞いてたな。
「お姉ちゃんも好きなの?やった!じゃあひよこのストラップください!」
「はーい!」
ひよこのストラップを持っていた手を引かれ、勢いのまま立ち上がると、そのまま茜にレジまで連れてこられた。
しばらくしゃがみ込んでいたから足が痺れている。けれどそんなことはお構いなしに僕の手からストラップを受け取った茜は小声で話しかけてきた。
「お兄ちゃん、愛想笑いくらいしたらいいのに」
「やだよ」
その言葉にムッとした茜は、紙袋に入れたストラップを押しつけてきた。
「小さい子相手なんだから恥ずかしがることないでしょ。ほーら!」
軽い力ではあるものの半ば強引に頬をつねられる。
「はい、これ渡してきて」
「はいはい」
僕は紙袋を受け取って、女の子の方へと向かう。
後ろで、笑顔だよ。え・が・お。と茜が口パクで伝えてくるのが見えた。
僕は人前では笑わない。その理由を茜も知っている。
昔友達から笑うと幼く見えると言われたことがあり、そのことを気にして笑わないようにしていた。意識的にそうしていると自然と笑うことも少なくなり、どうしても我慢できない時は口元を隠すようにしている。
おかげで無愛想君というあだ名をつけられたが、幼く見られるよりはいい。もちろんあの三人にも僕が笑わない理由を話したことはある。想像通り笑われたけれど。
女の子に気づかれないようにため息を零し、唇を噛んだ。
「二百円です」
「はい!」
女の子からお金を受け取り、ひよこのストラップが入った紙袋を渡す。
「ありがとうお兄ちゃん!」
「……あ」
女の子は嬉しそうに笑いかけてくれた。
それに真顔で応えるのも胸が痛む。今までこんな風にお礼を言ってくる客もいなかったし、こういう時はどう反応したらいいのか分からない。
「はい」
とりあえずこの日は少しだけ笑ってみせた。