君が生きた証を残すから


 そして桜まつり当日。
 僕はいつもと変わらず店の中にいた。
 淡譚通りを歩く人も疎らで、店に入って来る人もいない。
 通常、休日の午前中はこんなものだ。
 桜まつりの会場付近には人が多いと母さんから連絡があり、今日は家から出ないと決めた。

「茜、これって在庫あるっけ」
「え?あー、ちょっと見てくるよ」

 気慣れた服にエプロンをつけ、棚に並ぶ商品を確かめる。
 遠くから聞こえる人の声や足音、外に流れる風の音は落ち着いていて居心地がいい。
 そしてふと、店の外に顔を向けた。

「よぉ、凑大」

 入り口に立っていたのは私服姿の怜斗だった。

「思ったより来るの遅かったな」
「あの辺人多くてちょっと遠回りして来たんだよ」

 普段通る道は、桜まつりで賑わっていたから避けてきたらしい。その後すぐに叶山と拓巳も家に来た。

「あの道でもここまで来れるんだね」
「僕は普段からあの道通ってるから。拓巳と叶山は通るの初めてだったか」
「あれは凑大が教えてくれた隠し通路だからな」
「ただの路地だろ」

 相変わらず怜斗に冷静に突っ込む叶山。街が祭りモードになっていても、こいつらは変わらない。

「あ!みなさんいらっしゃい」

 騒がしくなってきたからか、茜が奥から早足で戻って来た。
 この三人と茜が初めて会ったのは、昨年の春くらいだっただろうか。なぜか家で一緒にゲームをすることになり、その時にばったり。それからちょくちょく家に来るうちに顔見知りになっていた。

「やっほー茜ちゃん。今日こそは連絡先教えてよ」
「いやでーす」

 茜は慣れたように、近づいてきた怜斗をスルーした。そして迷うことなく叶山がいる方へ向かう。

「叶山さん、今度勉強教えてください!時間ある時でいいので!」
「え、まぁ……俺でいいなら」
「ありがとうございます!じゃあまた連絡しますね」

 叶山は怜斗と違って、女子相手だからといって態度を変えることはせず、僕らと接する時と変わらない様子で茜と話している。
 そんなだからクラスでは近づきにくいと思われているのに、茜は初めから臆せず声をかけていた。
 すると怜斗が、商品棚の横でこれまでのやり取りの一部始終を見ていた僕の隣に来た。

「茜ちゃん。なんで叶山の連絡先は知ってて俺には教えてくれないんだろうな」
「チャラい男が好きじゃないんだってよ。怜斗みたいなやつ」
「ふーん。でも俺は変わるつもりないけどな」

 周りに流されず己を貫けるのは怜斗のいいところではあるけど、こいつの言葉を茜も本気にはしてないから一生こんな感じなんだろうな。

「怜斗も知りたいなら凑大に聞けばいいじゃん」

 そっと寄ってきた拓巳が言葉を零すと、「それも考えたんだけどな」と茜の方に視線を向けて言った。

「なんかそれだと負けた気がするから嫌だ」
「誰と勝負してんだよ」

 互いに笑いを零しながら、自分も叶山と話す茜を見て「この絵面も見慣れてきたな」と呟いた。

「今日の夜ならいけるか?」
「あぁ。新作やるんだろ?」
「僕は少し遅れて入るかも。ちょっと予定あって」
「了解」

 普段なら文面上で終わるゲームの話を面と向かってするのも変な感じだ。そもそもこいつら何しに来たんだ、と今更ながら思う。

「お兄ちゃん、在庫あったから出しといたよ。並べるのはお願いね」

 いつの間にか話し終わっていた茜はそう言って再び奥へと入っていった。きっと気を使ってくれたのだと思う。こんなやつらに気を使うこともないけれど、他の客がいない間は暇つぶしになるし、居座られても問題はない。

「なぁ、最近元気か?」

 目立つように店の真ん中に並べてあるこの店オリジナルグッズを手に取る怜斗。

「チンチラ?」

 怜斗が持っている手のひらサイズのぬいぐるみを見て、戻って来た叶山が聞いた。

「あぁ。うちのマスコットキャラクターみたいなやつ」

 怜斗には会わせたことはあるが、二人にはまだ話していなかった。

 半年前に家族に加わったチンチラ。普段は物が少ない僕の部屋にいるが、茜の何気ない思いつきでチンチラの様子を写真に撮って店のSNSに上げたところ、かなりの反響があった。それからうちのマスコットキャラクターとしてグッズを作ると、さらに口コミで広がり、今や観光客の人気者になっている。中にはこれ目当てに来る人もいるくらい。
 ぬいぐるみの他にキーホルダーとかタオルとかあるが、一番人気はポストカード。ここに来たお土産として渡しやすいんだとか。

「このグッズも最近売り始めたんだけど、思った以上に好評で」
「なんだっけ、名前」
「そういや前に名前がダサいとかって言ってたやつ?」
「拓巳、その話広げなくていいから」
「いいじゃん面白いし。なんだっけ凑大が考えたやつ」
「……チラ見沢さん」

 僕が当時考えていた名前を口にすると謎の沈黙が訪れた。

「ダサ」
「うん、ないな」
「お前のネーミングセンス疑うわ」
「そんな冷静に言うなよ。実際却下されたんだし、早く忘れろ」

 その場のノリで考えたものだから笑われてもいいけれど、今更掘り下げられてディスられるのはちょっと痛いかもしれない。

「で、本当は?」

 怜斗に聞かれて脳裏に浮かんだのは、とある日の夕食事に行われたチンチラの名前会議。


 『モチュはどうかな!』

 ペットとして迎え入れるなら初めに名前を決めようとなったのはいいが、いい案が出ず三日間悩んでいた時に茜が言った。

 『モチュってなに』
 『あのフォルムだよ、モチュってしてるじゃん!』


「……いや、茜のネーミングセンスもどうかと思うけど」
「凑大よりマシだろ」
「茜ちゃんのが選ばれてよかったな」

 解せない……大体フォルムがモチュっとしてるってなんだ。
 未だ一人モヤモヤを抱えながらも、やつのことは気に入っているから何も言わない。

「そんなことよりお前らなにしに来たんだよ」
「バイトまでの暇つぶし」
「勉強の息抜き」
「買い物頼まれたついでに」

 こいつら他に行くとこないのかよ。
 質問に迷うことなく答えた三人を見てため息混じりに言葉を返す。

「拓巳の場合、店寄るついでに買い物に来たんじゃないのか?叶山だって息抜きならベランダに出るくらいでいいだろ。バイトまでの暇つぶしは……まぁ、いつものことだからいいけど」
「そんな丁寧に突っ込まなくてもいいだろ」

 眼鏡を上げながら呆れたように言う叶山に続いて、怜斗の腕が肩に回された。

「そんなこと言って、本当は嬉しいだろ?俺たちに会えて」
「会うのは学校だけで十分だ」
「ツンデレめ」
「用がないなら帰れよ」

 気だるげに言葉を交わしながらも頭では違うことを考えていた。
 学校外で会ったからと言って何かするわけでもないし、いつもと変わらない会話が始まるだけだ。それでも連絡を取りあって家に来てもいいと言ったのは自分だし、口ではあんなことを言っても退屈はしないから、この時間も嫌ではない。
 って、ほんと何考えてんだ。



「今日で三月も終わりか」

 店の外まで三人を追いやると怜斗がふと思い立ったように空を見上げていた。

「来年はどうなるんだろうな」
「クラス離れてもゲームはするだろ」
「怜斗は他に友達作ってそうだよね」

 クラスが違ったとしてもこの日常が変わるわけでもないだろうし、同じ学校にいる限りはまたこうやって集まることもあるだろう。

「そうだとしても、こいつは最終的にはここに戻ってくるんだよ」
「お、凑大俺のことよく分かってんじゃん」

 自分で言うのもなんだが、それなりに人のことは見ているから大抵のことは言葉にされなくても分かる。でもそう言われると何だかこそばゆい。

「それはどうも」
「もうちょっと嬉しそうに言えよ」
「凑大は笑顔が苦手だからな」
「うるさい叶山。早く帰れ」
「じゃあまた学校でね」

 ケラケラ笑う二人の背中を拓巳が押し出してくれたおかげで、ようやく店は静かになった。
 そんなに長時間居座られたわけでもないのに、この静けさが久しぶりに感じる。

 茜に声をかけてこようと店の中に戻ると、小さな影が目に入った。