君が生きた証を残すから


「君は、この辺りに住んでるの?」

 聞きながら、女性はブランコの隣に置いてあった鞄を持ち上げた。
 恐らくこれが、この人と交わす最後の会話になる。

「はい。通りにある土産屋やってて」
「お土産屋さん……そっか。じゃあまた会えるかもしれないね」

 どこか楽しげに話す女性は"みずき"と名乗り、僕もまた名前を教えた。

「いい名前だね。それじゃあまたね、湊大くん」
「はい、また」

 手を振り返すと女性はそのまま振り返ることなく、真っ直ぐ公園の外へと向かっていった。

 もう二度と会うことのない人だと思っていたのに「また」なんて言葉をかけられたら、再会を期待してしまう。
 遠ざかる背中を見つめ、しばらく彼女の存在が頭から離れなかった。



 僕は空のスクールバッグを肩にかけ、三人が待つベンチに近づいた。案の定、何かを期待した視線を向けられる。

「お前らが望むようなものはねぇからな」

 座った三人を見下ろし、話しかけられる前に釘を刺しておいた。

「湊大はいい顔してるからいけるかと思ったんだけどな」
「そんな話してるように見えたかよ」

「でもなんか一瞬距離が近かったような……」
「はっ!?いつ!」
「怜斗がジュース買いに行った時」

「拓巳、それ以上喋るな」
「ごめん」

 このまま放っておくと怜斗が拓巳に追求するだろうから早々に話を切り上げた。
 そんな二人の横で黙っていた叶山が、隣に置いていた缶をこちらへ投げる。

「湊大、ほら」
「さんきゅ」

 叶山から無糖の缶コーヒーを受け取ると、蓋を開けて乾いた喉に流し込んだ。

「こないだ奢ってもらった礼だから金はいらねぇよ」
「おう」

 それから全員の缶が空になるまで、どうでもいい話をして時間を潰した。
 その間に自分の口から、あの女性の話をすることはなかった。何も知らないこいつらに聞いた話をするのも悪いだろうし、もう会うことのない人の話をしたところで勝手な理想が膨らむだけだから。


「よし、じゃあまた来週な」
「じゃあな」
「あー」
「またな」

 並木道を抜け、怜斗はバイト先がある繁華街の方へ、叶山と拓巳はマンションがある住宅街へ。
 唯一帰る方向が違う僕は、古風漂う町並みが広がる場所にある家まで歩く。

 僕の住んでいる地元には神社や温泉などの観光名所があり、湖や桜並木、季節ごとに姿を変える木々といった自然に囲まれた町だ。
 観光地としてはそこそこ有名で、休日になると観光客で溢れかえる。そして徒歩数分の距離にある隣の地区に行けば百貨店や映画館があり、バスターミナルや路面電車も通っているから便利はいい。
 そこにある建物の外装のほとんどが白いことから、その街はホワイトタウンと呼ばれている。

 三人と別れたのは都会と田舎、二つの町並みが見渡せる中央地区。ここにはマンションやアパートが建ち並んでいて、地元の学校に通っているほとんどの学生はここに住んでいる。
 この大通りを行けばホワイトタウン。その隣にある小道を進めば僕の家がある淡譚通り(あわたんどおり)に入る。
 本当は別の広い道があるが、遠回りになるため僕はこの小道を使っている。
 建物と建物の間を進み、薄暗い道を抜けると見えてくるのは昔懐かしの木造建築が広がる町並み。
 ホワイトタウンを見たあとにここへ来ると、未だにタイムスリップしてしまったかのような錯覚に陥ることもある。

 都会の外れにある、時が止まった町。
 昔はこの地域全体に田舎の町並みが広がっていたけれど、時代の流れと共に取り壊されていき、新しい街へと生まれ変わっていった。そこでできたのが中央地区とホワイトタウン。
 なぜ淡譚通りだけが残されたのかというと、たまたま観光名所となる建物や自然が集まっていたから。ホワイトタウンがあった場所には田畑が多かったため、埋めて街を作ろうと提案されたのが始まりだと言われている。
 そのため元は同じ名前だったこの地域には、今や三つの名がある。
 地元一都会のホワイトタウン、住宅地が集まる中央地区、そして淡譚通り。

 淡譚通りにあるのは全てお店で、黒や茶色の建物が多く、茶屋や甘味処、レンタル着物店、温泉施設などが建ち並んでいる。夜になるとオレンジ色の淡い明かりが道を照らし、まったりとした時間が流れる。ホワイトタウンとは真逆の場所。
 同じ地域なのに進む方向を変えるだけで、違う世界へ行ける。一度で二度美味しいみたいなものが味わえると、今話題になっているらしい。

 そんな町に、僕らは一年前から住んでいる。理由はこの町にある祖父母の店を継ぐため。
 両親が祖父母の店である土産屋を継ぐことを決めたのは昨年。祖父が病気で入院していた時だった。その時はすぐに退院したが、これから先何が起こるか分からないからと、店のことを考えるようになり、店を残したいという祖父母の願いを聞いた両親は即決した。
 それについて行く形で、僕が高校に進学する直前に引っ越しを終わらせた。妹はまだ中二で途中で学校が変わることを嫌がるかと思っていたが、店の手伝いができるならと喜んでついてきた。



「ただいま」

 平日のこの時間、店にお客さんがいることは稀だから、表から家に入った。
 商品棚に囲まれた、そこまで広くない店内。父さんたちの代で七か八くらいだったか、それなりに年季の入った店だ。リフォームするにも場所が場所だから簡単には出来ないらしい。

「おかえり」

 奥からダンボールを抱えたエプロン姿の母親が出てきた。

「手伝う?」
「ううん、軽いから平気よ。それより今日茜が部活で遅くなるみたいだから、晩ご飯の支度お願いしてもいい?」
「分かった」

 妹の茜は、前いた学校からやっている合唱を今でも続けているらしい。父さんはじぃちゃんの様子でも見に行っているのか、家にはいなかった。

 まだ時間もあるし、作り始めるのはもう少し後でも大丈夫だろ。
 掛け時計を確認して、僕は自室がある二階へ向かった。

 カーテンを閉めたままの部屋。机の上の電気をつけて、引き出しからノートを取り出す。
 椅子に座って頬杖をつきながらページを(めく)ると真ん中くらいに空白のページを見つけた。
 ペンケースからボールペンを取り出し、今日の出来事を忘れないうちに書く。

 小学生の頃、作文が苦手で慣れるためにはどうすればいいか先生に相談したところ、毎日日記をつけることを勧められ、その習慣が今でも続いていた。
 毎ページ全ての行を埋めるほどの文字数があるわけではないけれど、文章を書くのはそれなりに上手くなったと思う。

 今日書くのはやっぱり、あの人のことだよな。

 基本日記には人の名前は書かず、どうしても残したい時はイニシャルだけにする。
 万が一誰かに見られた時のために、と言いつつそんなことは今までにない。名前を書かない理由としては、自分で読み返すことがないから。

 ペンの走る音だけが聞こえる部屋。
 公園で会った女性との会話を思い出しながら文字を綴る。

 君は自由だからやりたいことをやっときな、か。そんなこと考えたこともなかった。
 あの時の女性の顔はずっと残ったまま。
 自分でも、自分のやりたいことが何なのかよく分かっていない。
 別れ際、また会えるかもしれないと言っていたのは、近々あの人がうちの店に来るかもしれない、ということなのだろうか。
 でも自分探しの旅に出ると言っていたから、会えたとしても当分先だろう。
 もし次に会った時は、今日みたいに翻弄されないようにしないと。
 あの時の桜の匂いを思い出し、僕はそっとノートを閉じた。