君が生きた証を残すから


 夕日が出る少し前の時間。週末の淡譚通りはそれなりに賑わっていた。そして明日から連休が始まる。観光客で溢れかえるであろう通りの店では、ここぞとばかりに張り切る見知った顔が慌ただしく準備に追われていた。

 五月の連休は毎年店の手伝いをしている。そして夜になると、疲れ切っているはずなのに不思議とゲームをする体力は残っていて、パソコンの前に座ってコントローラーを握っている自分がいる。たまに電池切れで寝る日もあるが、今年はどうなるだろう。

「……」

 彼女はこの連休何をするんだろう。
 隣を歩く横顔をそっと窺う。

「すごいね、旅行キャンペーンだって。これって地元の人でも適用されるのかな」

 少しずつ色を変える町並みを物珍しそうに見ながらゆっくり歩く。
 地元に住んでいたらさほど珍しくもない光景だと思うが慣れていないということは、もしかして連休中は家に引き篭っているタイプなのかもしれない。

「あ、今度あそこのケーキ食べてみたいな。美味しそう」

 相変わらず甘いものには目がないらしく、すれ違う甘いものに反応してその度に目を輝かせている。

 あそこには、誰かと行くのだろうか。

 気になったのなら聞けばいいのに、なぜか躊躇ってしまう。
 連休の予定を聞く仲じゃないのは分かっている。それに、こういう会話をする時は大抵、相手との時間を作りたい時の話題の切り口みたいなものだと思っているから、予定があえば一緒に過ごそうと誘ってるみたいで気恥しい。
 別に一緒にいるのが嫌だというわけではなく、友達でもないやつからこんな話をすると困らせてしまうのではないかと思うんだ。
 ……って、何一人で考えてるんだか。
 彼女の予定を聞いたからって、何かが変わるわけでもないのに。
 でも、さっき過ぎった感情は余計なものだった気がする。経験がなくとも感情の違いに気づかないほど鈍感ではない。今のは多分――。

「デート中?」
「わっ!?」「はっ!?」

 突然背後から声をかけられ、二人同時に声を上げて振り向いた。

「妹ちゃんだ」「なんだ茜か」
「すご!またハモった!」

 以前と同じように学校帰りの茜とばったり会ってしまった。

「今日も職員会?」
「今日は部活が休みなの。言ってなかったっけ?」

 そういえば言われていたような気もするが、今朝までは別のことで頭が埋め尽くされていたから、聞かされていても頭には入ってきていない。

「水月さん、お久しぶりです。元気でした?」
「うん!また茜ちゃんと会えて嬉しいな」

 茜は水月さんのことを覚えている側の人だという話はしていた。だから今、妹に向けてくれている笑顔は、悲しみの色ひとつない幸せそうな笑顔だった。

 それから当たり前のように茜も一緒に帰ることになった。
 茜はよく話すタイプだから会話に困らない。反対に水月さんは聞き手に回ることが多いから、今回も茜が話して水月さんは聞きながら相槌を打ち、時々言葉を交わしながら歩く。
 そんな二人の声を一歩後ろで聞いていた僕は、身内話になった時にだけ口を挟んだ。

「叶山さん連休は何するのかなぁ。やっぱり勉強かな?」
「知らねぇよ」
「どうして叶山くん?」
「お兄ちゃんの友達で、たまに勉強教えてもらってるんです……よし、後で聞いてみよう」

 あ、今だ。直感でそう思った。
 気になっていたことを自然な感じで聞き出せるのは今しかない。話の流れが変わらないうちに、僕は水月さんに聞いた。

「水月さんは連休、何か予定あります?」
「特にはないかな。いつもはだらだら過ごすだけで――でも時間は有限か……」

 独り言のように言った言葉は最後まで聞き取れず、彼女は少し考え込んでいた。

「うん、決めた。湊大くん、一日だけ付き合ってくれない?」
「一日と言わず毎日貸しますよ?」

 僕よりも先に反応した茜が言葉を返すと、彼女は一瞬驚いた顔をした。それからまた少し考え込んで。

「でも連休中はお店にいるでしょ?だからそれは悪いよ。あ、それだと一日付き合ってもらうのも悪いか。じゃあ、一時間!いや、三十分でもいい!」

 まだ僕は何も言っていないけど、話は先に進んでいく。
 確かに連休中は店の手伝いをしようと思っていたから、丸一日何もしない日はない。
 だけど正直嬉しかった。同時に、どうしてそこまでして僕との時間を確保したいのだろうと疑問に思った。
 また誰かに聞かれては困るような話をするつもりなのだろうか。……いや待て、そもそも二人きりで会うとは言われていない。もしかするとこの誘いは単なる人数合わせで――。

「一日くらいいいんじゃない?」

 またしても茜が反応する。
 僕はまだ返事を決めていないのに。

「お店の手伝いなら私もやるし、行ってきなよ」
「え、でも」
「心配しないで!いざとなったらピンチヒッター呼ぶから!」

 僕がいなくても大丈夫だと言わんばかりの勢いで背中を押す妹。そこまで言われて店にいる理由もない。とは言え、元々彼女の誘いも断るつもりもなかった。今の僕なら何か理由を見つけて会いに行っていたと思う。

「えっと、何かするの?」

 ぎこちなく水月さんに聞いた。
 すると彼女は立ち止まってこちらに振り向いた。

「うん。思い出作り」

 満面の笑みの裏に、隠しきれない寂しさが見える。
 僕の中に彼女の記憶が残っているように、彼女の記憶にも僕が残ればいい。向けられた表情からそんな欲が湧いてきた。

「分かった」
「決まりだね。じゃあ最終日、またお店に寄るから」

 こういう時スマホでやり取りした方が楽だが、彼女とは連絡先を交換していない。
 実は今日まで彼女がスマホを使っているところを見たことがない。持っていないのか使わないのかは知らないが、そこを追求するつもりはなかった。


 時間と歩幅は前に進み、あっという間に家に着いてしまった。
 明日から連休の最終日まで彼女とは会えない。そう思うと寂しさが込み上げてきてきた。

「そうだ!水月さん、今日時間あります?よかったら家で晩ご飯食べていきませんか?」
「え?」

 突然の茜の提案に驚いたのは水月さんだけではなかった。

「ほら、うち今日夕方には店閉めるから時間あるでしょ?」

 明日からの連休に備えて準備をするから今日は早めに店仕舞いをする。

「あー、うちはよくても水月さんは――」
「え、いいの!?じゃあいきたい!」

 彼女の表情がぱぁっと明るくなり、茜も嬉しそうにジャンプしている。

 もう少し、一緒にいられるんだ。
 相変わらず僕も単純だなと心の中で嘲笑を浮かべ、両親がいる店に入った。