君が生きた証を残すから


「はーい!じゃあ打ち上げ行く人ー!」

 帰り支度を済ませた教室で、クラスの中心グループの一人が声を上げた。それに応えるように次々に「行く!」「どこ行くの?」とみんなが寄っていく。

「打ち上げか、お前ら行かねぇだろ」
「行かねぇよ」
「即答かよ」
「まぁ叶山はこういうの好きじゃなさそうだしな。湊大と拓巳は?」

 帰る以外の選択をしない叶山を帰らせないように押さえている怜斗。こいつは行くんだろうな。あわよくば僕たちのことも連れて行こうとか考えているんだろう。クラスに溶け込めるいい機会だからとか言って。けれど生憎、そういうのは得意ではない。
 すると隣から意外な答えが返ってきた。

「僕は、行ってもいいけど」
「へー、珍しい」

 普段叶山といることが多いから勘違いされがちだけど、拓巳は人見知りなだけで、人と関わることが嫌いというわけではないからな。怜斗たちがいれば行くのもわかる。

「叶山も行けばいいのに」
「行って何か得することがあるのかよ」

 きっぱりと言い放ち、持っていた鞄を置いた。言葉ではそう言いつつも叶山は帰るのを諦めたらしい。

「湊大は?どうする?」
「あー僕はいいかな。店の手伝いしたいし」

 誰も嫌な気持ちにならない、断るには最適な解を答える。手伝いをしたいというのは嘘ではないが、人と距離を縮めることはしたくないというのが本音だ。昔からこういう集まりは避けていたし、無理に行くものでもないだろうと思っていた。

「いい子ちゃんだな。打ち上げくらい行っても罰当たんないぞ?」
「僕がそうしたいから。悪いな」
「そっか」

 僕の本音を汲み取ってくれた怜斗はそっと頷いた。
 話が終わり一息ついた背中越しからも似たような会話が聞こえ、思わず耳を傾ける。

「みんなどうする?」
「私は行くよ」
「水月ちゃんは?」
「私は今日予定があって、ごめんね」
「そっかー。じゃあまた明日ね」
「ばいばーい」

 話をしていた女子たちが一人を残して僕の横を通り過ぎて教室から出ていった。

 今日の打ち上げはホワイトタウンにあるファミレスだと聞いた。あそこはよく団体様が集まって会食をしているから、打ち上げには打って付けの場所なのだろう。


「すぐに抜けるからな」
「分かったよ」

 怜斗と話していた叶山の方を見ると、あからさまに嫌そうな顔をしていた。
 強引に説得させられたの叶山とは逆に晴れやかな表情を浮かべる怜斗。拓巳も心做しか嬉しそうに見える。

 ホワイトタウンの別れ道まで一緒に帰ることになったので四人で教室を出ると、後ろから早足で来た誰かに追い抜かされた。

「あれ、水月ちゃん帰るの?」

 彼女を怜斗が呼び止めた。

「うん。この後予定があって」

 その言葉を聞いた怜斗の口角が薄っすらと上がったような気がした。

「それなら湊大と帰ってやってくんない?こいつも打ち上げ行かないから」
「は!?お前、何勝手に」
「いいじゃん、な?」

 な?ってなんでこっち見るんだよ。しかもこいつの場合、100%善意だから怒るに怒れない。
 僕はともかく、彼女を困らせるようなことは言うなよ。

「私は大丈夫だけど……どうする?」

 思いもよらない返事に言葉を詰まらせた。

 僕も別に嫌というわけではない。でもできれば彼女と二人きりになるのは避けたかった。
 クラスマッチの休憩中、異様に距離を詰め過ぎたと思ったから。内側に秘めていることを簡単に打ち明けた自分が悪いけど、これ以上余計なことは話したくない。
 それだけなら適当に理由をつけて断れる。ただ、彼女と僕は帰る方向が最後まで同じだ。淡譚通りに住んでいる数少ない同級生。このまま帰ると後をつけているみたいな形になりそうだからそれも嫌だ。

「まぁ帰る方向同じだから、僕も別に」

 語尾を濁すように言うと、それを聞いた三人は僕を置いて走り去っていった。

 最悪だ。

 二人きりで校内を歩くのは日直の日以来。あの時は謝罪のことで頭がいっぱいだった記憶がある。

 パタパタと、二人分の足音が静かな廊下に響く。
 僕には経験がないから全く分からないが、こういう時何を話すのが正解なんだろう。
 校内が無駄に静かなせいで落ち着かないけれど、外から小さく騒がしい声が聞こえて来ていることが唯一の救いだった。

 そしてお互い何も話さないまま、気づけば玄関まで歩いて来ていた。

「ねぇ、お腹空かない?」
「え?」
「動いてたら甘いものが食べたくなっちゃって」

 それは、一緒についてこいってことか……?
 こちらを覗き込むようにあざとく微笑む彼女を見ればそのくらいは分かる。
 真っ直ぐ帰るだけでも考えることが多いのに、寄り道をされるとなると思考回路がぶっ壊れそうだ。

 あれ、でもさっきは。

「水月さん、予定があるんじゃ」
「え?あー、あれは嘘だよ」

 余裕のあった表情を曇らせる前に、彼女は後ろを向いた。

「誘ってもらえたのは嬉しいし、このクラスが苦手っていうわけでもないんだけど。大勢の集まりが得意じゃなくて」

 僕は、そう話す彼女の背中を見つめた。

 同じだ。
 色んな人とコミュニケーションが取れて、自分から他人に踏み込んで来ようとする人でも、そういうことを思ってるんだ。

 その時、初めて見えた彼女の隙間に触れて、僕の周りで頑丈に固めていたはずの壁に亀裂が入った。
 だからといって、僕と彼女の関係性が変わるわけではない。
 僕は何も気に留めていないふりをして彼女の隣を通り過ぎ、前を歩いた。

「通りにある甘味処でいい?」

 聞くと彼女の方から微かに息を呑む声がした。

「うん!」

 後ろからついてくる足音を確認しながら、僕らは淡譚通りにある甘味処を目指した。