君が生きた証を残すから


 週明け月曜日。
 今日は早めに起きて図書室に向かっていた。

「あ、叶山」

 普段は立ち寄ることがない図書室のドアを開けると、パソコンの前に座っている叶山がいた。

「湊大か。珍しいな、図書室に来るなんて」
「叶山がいると思って。はいこれ、茜から」

 僕は茜から預かっていた封筒を差し出す。
 今の時間、図書室に他の生徒の姿はなく、司書の人は奥の部屋にいるから実質二人だけだった。

「え、なに」
「そんな身構えなくても変なものは入ってねぇよ」

 叶山は封筒を受け取ると、早速なかの手紙を取り出した。
 読み終えるまでここに突っ立っているのもあれだから本でも読もうかと、探しに近くの棚まで歩いた。
 すると後ろから控えめな笑い声が聞こえてきた。

「どうした?」
「いや、律儀だなと思って」

 手紙の内容までは知らないが、恐らく勉強を教えてくれてありがとう、というのような内容が書かれているのだろう。

「これ見てみ?」

 そう言って叶山が手紙を見せてくれた。
 なぜ見せるのか分からず断ろうと思ったが、目に入った数式に思わず手を伸ばした。

「なにこれ」
「数学教えて欲しいって言われたから、これ解けたら問題ないって言って数式だけ送ったんだ。そしたらこれを渡された」

 わざわざ紙に書いてまで。あいつすごいな……ん?
 読み進めると下に小さな文字が書かれていた。

「これ一番下読んだか?」
「え、なに?」

 再び叶山が手紙を見る。
 パッとしか見ていないけど、"テスト全教科九十点以上取れたら何でもひとつお願い聞いてください!"と書いてあった気がする。
 普段茜がどのくらいの点数を取っているのか知らないが、これを書くということはそれなりに自信があるのだろう。

「あ……いいよって言っといて」
「伝書鳩扱いするな、自分で言えよ」

 最後のメッセージに目を通した叶山は手紙を封筒にしまい、鞄の中に入れた。

 「せっかく来たんなら本見て行けよ」と促され、僕は本の並ぶ棚を見て回っていた。
 時間があれば小説を読むし、漫画も読む。だから本が苦手というわけではない。
 無数に並ぶ本の背表紙を流しながら見ていると、ある単語が目に留まった。
 その本を手に取ることなく、僕はパソコンの前にいる叶山に訊ねた。

「なぁ、自由ってなんだと思う?」

 二人しかいないから、それが自分に問われたものだとすぐに察した叶山はだるそうに口を開いた。

「なに急に」
「"自由に生きろ"って言われたことがあるんだけど、いまいちよく分からなくて」

 二人にも聞いたから必然的に叶山にも聞く流れにはなっていた。その答えに少しそわそわしながらやつが言うのを待つ。

「自由に生きられるかどうかは、己の生き方で決まる」
「え?」
「自由に生きるということは、その責任は全て自分にあるということだ。簡単に言えば、自由に生きたきゃ目的を持って動けってことだな」

 さらりと告げているくせに、その言葉には強い想いが込められているようにも思えた。

「お前、自由に何か恨みでもあるのか?」
「ねぇよ。ただ、なんの目的もなしに生きるのが嫌なだけ」

 自由になりたいと思うなら動け、何もしないところに自由はない。だから生きる目的を見つけろということだろうか。ここにきてまた考えさせられることを言われた。
 生きる目的、か……。目的がないから進学を選ばないのとは違う重みがある感じがする。

「なんかすげぇこと考えてんだな」
「そうか?別に普通だろ」

 そんな涼しい顔で言われても……。
 自由という三文字をここまで熱く語る人は初めてだ。

 「そろそろ戻るか」

 叶山に言われた直後に予鈴が鳴り、僕たちは教室に戻った。





「というわけで、今から抜き打ちテストな」

 一限目の数学は運悪くテストから始まった。

「普通に嫌です」
「点取れないよー」
「テスト滅びろ」

 クラスが団結して嫌だと言ってもテストはなくならず、数分後、配られた用紙に向かってシャーペンを動かす音だけが響いていた。
 テスト自体はすぐに終わり、窮屈な時間からすぐに解放された。内容は昨年習ったのものだからそこそこ解けたが、朝から数字を眺めていたせいでその後強い眠気に襲われ、僕は目を閉じた。

 それから目が覚めたのは授業が終わった頃だった。

「おーい……って寝てるし」

 意識が戻ってくる間、隣から声が聞こえてきていたが、はっきりとは分からず完全に起きるタイミングを見失った。

「あれ、湊大寝てんの?」
「そうみたい」

 僕が起きないから、代わりに怜斗が水月さんに声をかけていた。そういえば怜斗が彼女と話しているところを見るのは初めてだ。

「怜斗くんって凑大くんと仲いいよね?彼いつもこんな感じなの?」
「たまに寝てるな。これで勉強できるからムカつくけど」
「へー、頭良いんだ」
「でも本人は謙遜するんだよな。僕なんて大したことないからって。もったいないよなぁ、もっと自信持てばいいのに」

 机に突っ伏しているから分からないが、恐らく二人は僕の席を挟んだまま話している。そのため会話がダイレクトに聞こえてきていた。
 怜斗、席くらい移動しろよ。と心の中で思う。

「え、友達相手にもそんな感じなの?」
「まぁな。常に一歩引いてるって言うか。俺たちに対してもたまに壁作って踏み込んでこない時がある」
「それだと、こっちにも踏み込んで来ないでって言ってるようなもんじゃん」
「これでも最初よりかマシになった方だよ。一年の時なんか――」

 それからの会話は意図的に遮断した。
 眠ったふりを続け、違うことを考えていると、声も頭に入ってこなくなった。


「こいつにも色々あるんだろ。でも悪いやつじゃないから、仲良くしてやってよ」

 最後に聞こえてきた怜斗の言葉。もしかして金曜に話してたことを気にしているのか?僕が彼女に嫌われているみたいなこと話してたから気を使って言ってくれたのだろうか。

 それにしても怜斗のやつ、気づいてたのか。僕が壁を作って踏み込もうとしないこと。




 話が終わって水月さんが席を外した。

「おい、いつまで嘘寝してんだよ」

 その声に顔を上げ、怜斗の方を向いた。

「……お前性格悪いな」
「友達思いって言えよ」

 怜斗は何を思って話していたのだろう。
 僕が壁を作っていることに気づいていながら、いつもと変わらない様子で接してくれている。
 この時、気づいた。僕は相手に不快な思いをさせない為に距離をとっていたが、そのせいで友人を傷つけていたのではないだろうかと。
 次第に頭の中が過去の記憶と不安で埋め尽くされそうになる。
 そんな僕に怜斗は言った。

「無理に仲良ししようとは言わない。だから自分のしたいようにすればいい。叶山も拓巳も俺も、無理して付き合い続けてるわけじゃないだろ?」

 暗闇に明かりを灯すような優しい言葉が胸を差す。それは今の僕を励ますために言った思いつきの言葉ではなく、こいつの本心だということはすぐに分かった。

「そうだけど、嫌じゃないのか?」

 壁を作られることが――。
 それを言葉にする前に怜斗は迷わず否定した。

「そんなことでお前のこと嫌いになるわけないだろ。お前がどんなやつなのかくらいもう分かってるし、なんなら叶山の方が冷たいだろ」
「それ励ましてんのか?」
「励ましてる」

 ニカッと笑って軽く肩を叩かれた。
 今この瞬間、僕は何があってもこいつに一生ついていこうと思った。

「前から思ってたけど、怜斗って良いやつだな」
「だろ?あ、あと水月ちゃん。あの子、凑大のこと気にかけてるみたいだから、声かけられたらちゃんと答えてやれよ?」

 声をかけられたら答えるけど、彼女が僕と話したいと思ってくれているかどうは分からない。気にかけてくれているのは、席がたまたま隣だったからではないだろうか。
 そう考えると僕はただの隣の席のクラスメイトとしか思われていない気がする。
 口では「分かった」と言いつつ、自分から距離を詰めるようなことはしないでおこうと思った。