𓍼ˢ❀
「お兄ちゃん今日お弁当忘れてたでしょ。寝坊したの?」
夕飯を囲む席。隣に座る茜に言われて今朝の自分の失態を思い出した。
けれど茜は僕よりも先に家を出ていたはず。
「なんで知ってんの」
「家に帰って来た時に、キッチンに置き去りにされたお弁当箱があったから。ちなみにそのお弁当は、お昼に私がいただきました」
茜が昼を家で食べるなんて珍しいな。……あ、そういうことか。
「テスト?」
ボソッと聞き返すと、茜は動かしていた箸を止めて顔をしかめた。
「食事中はテストの話しないで。ご飯が喉通らなくなるから」
テスト期間中は午前で終わることが多い。だから昼は家で食べたのか。
そうなると今日母さんが作っていた弁当は僕の分だけで、それを持って行き忘れたということ。これまでも茜のテスト期間と被る時は弁当いらないって言ってたはずだけど、今日に限って作ってくれていたのか。
「ごめん、せっかく作ってくれたのに」
「いいのよ、茜が食べてくれたから。私も茜がお昼までなの忘れてて。お弁当のおかず作ってから思い出したの」
なおさら申し訳ない。
「テストいつまで?」
「月曜で終わるよ」
「なら来週はお弁当二人分ね」
「お願いしまーす」
それからは茜の望み通り、テストの話はしなかった。
夕飯が終わり、部屋に戻って課題でも進めようかと思っていたら、突然茜に腕を引っ張られた。
「洗い物はお兄ちゃんとやっとくから」
「え、なんで」
「そう?じゃあお願いね」
声を遮られ、半ば強引に腕を掴まれる。
兄妹二人がキッチンに並んで食器を洗うなんて今までなかった。特に断る理由もなかったから言われるがまま手伝っているけど、なんの用もないのにわざわざ二人きりにはならないだろう。
「なんかいいことあった?」
真っ白な皿についた泡を洗い流しながら茜が聞いてきた。
「なんで?」
「いつもより表情軽いから」
そんなに分かりやすく顔に出ていたのか。全く自覚がなかった。そもそも表情が軽いってどんな顔だよ。
でも指摘されるようなことがあったのは事実。
隠すつもりもなかったが、言われたら言われたで照れくさい。
「別に何も。ただ、嫌われてると思ってた人と上手く話せただけ」
「へー。女の子?」
「言わない」
「ふーん。まぁいいや」
にやにやして深く聞いてくるのかと思っていたら案外すぐに話を切り上げた。
他人事なのにどこか嬉しそうにしている茜は、濡れた手をタオルで拭き、リビングに置いてあった鞄から何かを取り出してこちらに戻ってきた。
「これ、叶山さんに渡しといて」
手渡されたのは手紙の入った封筒だった。
こっちが本来の目的か。
「月曜まで会う予定ないけど」
「月曜でいいよ」
「じゃあなんで今渡すの」
「土日はテスト勉強するし、月曜は早めに学校行くから忘れないように。ね?」
封筒を受け取ると茜は満足気に笑って、二階に上がっていった。
そういえば月曜の図書当番は叶山だった気がする。学校の図書室は朝のHRが始まる前、数十分ほど開いてるから、その時に行くか。
僕も部屋に戻って忘れないうちに封筒を鞄に入れた。
土曜日。テスト勉強をしている茜に代わり、店の手伝いをしていた。
休日ということもあり、それなりに忙しい時間を過ごしていたが、人の波が途切れるタイミングを狙い、そこで少し休憩をしていた。
「え……」
レジカウンターに立ち、顔を上げた視界に映ったのは知っている人だった。
今、店内に僕と彼女以外誰もいない。このまま気づかないふりを続けるべきかどうか。迷った挙句、彼女のそばまで歩いていった。
「……水月さん」
彼女の私服姿を見るのは初めてだ。これからどこかへ出かけるのか、軽く巻かれた髪に、ほんのり桜色に色づいた頬。耳元ではイヤリングが光っている。
「あれ、ここって君のお店だったんだ?」
「はい、休みの日は手伝ってて」
「なんで敬語?」
「今、接客中だから」
「同級生相手にそんなこと気にしなくていいのに」
そう言って彼女は笑っていた。
やっぱり似ている。公園で会ったみずきさんと笑った顔がそっくりだ。
僕がそんなことを考えているとは知らない彼女は、お菓子が並ぶ棚を見ていた。
「明日、親戚に会いに行くから何か持って行くものを探してたの」
「そう、なんだ」
ここにいたということは、手土産のお菓子を選んでいたのか。
棚に視線を移すと、僕は迷わず一つの箱を手に取った。
「それならこれとかどう?」
勧めたのは地元名産のレモンを使ったタルト。食べやすいサイズで、さっぱりした後味が良く、一番人気のお菓子。
そしてこの商品はホワイトタウンや空港の売店では売られていない。購入するには製造販売している淡譚通りの甘味処に行くか、この土産屋に来るかのどちらかしかないため、中々手に入らない。
昨年から販売が開始したのにも関わらず口コミで瞬く間に広がり、今や観光客に人気の商品となっていた。
「うん、いいね。これください」
「ありがとうございます」
パッケージを見た彼女は即決した。
その後レジカウンターに向かった僕は、手元を動かしながら聞いた。
「水月さんは、ここら辺に住んでるの?」
「うん。この通りの先にある山で一人暮らししてるの」
「山?もしかして寺の近くにあるアパート?」
「そうそう。場所が場所だから家賃安くて助かってる」
「あそこって人住んでたんだ」
「いるよ、少しだけど」
意外だった。この辺りに住んでいる学生は自分たちくらいしかいないと思っていたから。
でもそれなら、この通りで一度くらいすれ違っていてもおかしくはないはずなのに、彼女とは高二になるまで面識はなかった。
「選ぶの手伝ってくれてありがとう」
「これでもこの店の店員なので」
彼女は「そうだね」と微笑んで商品を受け取ると、お礼を言って店を出る。
いつもならここで「ありがとうございました」と言うはずなのに、今の僕からその言葉は出てこなかった。
「あの!」
代わりに僕は店を出た水月さんに声をかけた。
自分でもなぜ呼び止めてしまったのか分からない。けれど足は迷うことなく彼女の元へと動いていた。
そして、ずっと抱いていた疑問を口にした。
「勘違いだったらすみません。水月さんって姉妹とかいたりします?」
「……え、いないよ?」
答える前に間があったような気もするが、それは戸惑っていたからだろう。彼女はそのまま何かを隠すように視線を外した。
でも姉妹がいるかと聞いた時、一瞬驚いた顔をしていた。それも急に質問をしたからではなく、質問の内容に対して。
やばい……。二人の間に流れる沈黙。いきなり呼び止めたことを謝らないと。
「あの――」
「あ、これ!」
すると彼女が声を上げ、持っていた鞄のポケットから何かを取り出した。
「さっき店の外に落ちてたんだ。落とし物だと思うから一応渡しておくね」
彼女から渡されたのは、桜の冠をつけたひよこのストラップだった。
「え、これ」
うちの商品。
「それじゃあ!」
次に顔を上げた時には彼女の姿が遠くなっていて、残されたのは落とし物のストラップだけだった。
落とし物なら普通交番だろ。でもうちの商品だし、まぁいいか。僕はレジ横に木のかごを置き、その中に”おとしもの”と書いた紙とストラップを入れた。
水月さん、姉はいないのか。
雰囲気も似ていて名前も同じだったから、公園で会った女性は彼女の姉かもしれないと思っていたけど違っていたらしい。そう簡単に会えるわけないか。
僕は一度かごに入れたストラップを取り出して何となく眺めいた。
そういえば最近これを買って行った子がいたな。あの子のじゃないかもしれないけど、しばらく預かっとくか。
ストラップをかごに戻すと、ついていた鈴の音がシャランと鳴った。



