新学期二日目。朝のHRは水月日和を除いた全員が揃っていた。
 今年のクラスは眠気に支配された朝の雰囲気を感じさせないほど活気があって賑やかなのだが、その空気は担任の一言で静まり返る。

「今から配るやつ、ちゃん目を通しておけよ」

 配られたのは進路調査の紙だった。

「えー」
「めんどくせぇ」
「これ今から書かなきゃだめなの?」

 用紙を見たクラスメイトの口から零れる愚痴に対して、担任は声を張り上げた。

「えーじゃない。高校生活なんてあっという間なんだから、こういうのは早いうちから考えとかなきゃいけないんだよ」

 そう言われても、無駄に広い空欄が作られている紙を埋められるものは何も浮かんでこない。

「そもそもこれ昨年もあっただろ。何書いてたんだ?」
「未定」
「とりあえず進学」
「ニート」
「お前らもうちょっと真面目に考えろよ。早い人はオープンキャンパスにも行ってるんだからな」

 次々に投げられる言葉に頭を抱える担任を見て、毎年こうなんだろうなと思った。
 うちは進学校ではないものの、大学に進学する人もいるらしく、昨年は就職する人の割合より上回っていた。

「案内が入ればその都度言うから、気になる学校があれば進んで行くように」
「えぇー」
「大学とか専門学校のパンフレットは届き次第みんなに配布するから捨てるなよ」

 締切は今月末。
 家に持ち帰っても書ける気がしないから、HRが終わった後も机の上に出しっぱなしにしていた。

 チャイムが鳴り、短い休み時間が始まる。
 席を立つ人や教室を出る人がいる中、僕は席に座ったまま、進路調査表を眺めていた。

「それ今書くの?」

 隣を見ると、拓巳と叶山が怜斗の席に来ていた。

「進路決まってんのか?」
「いや、まだだけど。お前らはどうなんだよ」

 話を振ると最初に答えてくれたのは拓巳だった。

「僕は進学かな、詳しくは決めてないけど」
「右に同じく」
「怜斗は?」
「今んとこは専門だけど、どうなるか分かんねぇ」

 こいつらと進路の話なんてしたことなかったけど、意外とちゃんと考えてるんだな。というかこれが当たり前なのか。
 先程「えー」なんて言っていたクラスメイトも、本当は少しくらい考えていたりして。そんなことを思いながら教室内を見渡した。

「そういう湊大は店継ぐのか?」
「あー、就職先困らないやつだ」
「進学はしないの?」

 ここぞとばかりに質問をぶつけられ、考えざるを得なくなる。
 進学と就職、それぞれ考えてみたけれど、今は何を考えてもピンとこない。
 まだ継ぐとは決めていないものの、どこかに就職するよりも店を手伝いたいから、働くならうちがいいと思っている。
 進学に関しても、自分の学費を払うくらいならその分茜に回してやりたいと思っているため考えてない。それにやりたいこともなく、目的がないのに進学するのは勿体ない気がしている。そんな僕とは対照的に、茜にはやりたいことがあるみたいだから。

「誰がいつ働けなくなるか分からないから、早めに仕事したいとは思ってるけど」
「心配しすぎじゃね?」
「前にじぃちゃん倒れたことあって。それでこっちに越してきたんだよ」

 そう言えばこいつらに引っ越してきた理由は言ってなかったな。
 三人それぞれ中学は違うが、地元が違うのは僕だけ。最初会った時にお互いの出身地については触れたけれど、詳しくは話していなかった。
 倒れたといっても幸い大事には至らなかったし、病気になったわけでもないから確かに心配しすぎなのかもしれない。だが、どの道、店を手伝いたいという僕の気持ちに変わりはない。

「うーん難しいね。親には継いでほしいって言われてるの?」
「……まだ話したことない」

 話せないんだ。自分の持っている答えに自信がないから。本当にこれでいいのか、自分が納得できていないのに、話していいのだろうかと悩んでいた。
 話したところで揺らぐだけ。そこに自分の意思がない限り、答えは見つからない。

「まぁ、そんな焦って決めなくていいだろ。まだ時間はあるんだし」
「そうだな」

 結局何も書かないまま、机に置いていた用紙をファイルにしまった。