『私は、あなたのことが憎い』


 小学生の時に行った旅行先で偶然出会った女の子。
 自分と同い年くらいの彼女は、どこからか走ってきたのか、息を荒げてそう言った。

 面識もなければ、住んでいる場所も違う。それなのに彼女は僕のことを見て迷わず「憎い」と口にした。
 交わした言葉はその一言だけで、しばらくすると彼女はどこかへ走り去ってしまった。

 当時の僕は言葉の意味が分からず、ただ呆然と立ち尽くしていた。
 覚えているのは、泣き跡が残る顔と震えを隠して叫んだ声。長い髪が風に靡いて、ただ前だけを向いてる少女が強く握り締めていた手は、ほんの小さな子どもの手。

 今思えば、小学一年生くらいの子が「憎い」と口にするのには何か理由があったのかもしれない。それもあんな、今にも泣き出しそうな顔をして。
 見知らぬ僕に声をかけてしまうほど、何かに追い詰められていたのかもしれない。

 もし僕が過去に戻れるなら、彼女になんと声をかけるだろう。
 何を言えば、彼女は笑ってくれるのだろう。