新そよ風に乗って ① 〜夢先案内人〜


「あの……。この間は、ごめんなさい。私……貴博さんの都合も考えずに、わがまま言ってしまって」
「この間?」
「はい。この間、貴博さんに帰らないでとか言ってしまって……」
あの時、「私は……私は貴博さんと一緒には暮らしていないから……」と言った彼女の表情が思い出された。切実な願いだったのかもしれない。だが……。
「あぁ、別に気にしてないから」
「本当ですか?」
「あぁ」
「良かったです。もう私、ずっと気になっていて……」
彼女との会話を聞きながらもノートに走り書きした自分の文字を見つめ、削減という文字をペンで枠を書いて囲い、その上から何度もなぞっていた。
「それで……。やっと明日休みが取れたんです。日曜日にお休みって最近ずっとなかったので……もし良かったら、貴博さん。会えませんか?」
「明日は申し訳ないが、ちょっと無理だ」
明後日の役員経営会議の資料を、明日中に仕上げなければならない。
「お出かけですか?」
誰も俺に発表しろとは言っていない。発表する機会があることすら定かではない。しかし、今の俺に出来る精一杯の努力をするべく、企業人として、公認会計士としての立場だからこその成せる提案を会社にしたい切望と使命感。これこそが、俺が目指している企業内に於ける社内会計士の仕事なのだ。
「いや、家には居るが、やる事があって出掛けられないんだ」
「やる事……ですか」