「高橋君。今度の役員経営会議に第一会計士の高田さんが出席出来ないらしい。なので高橋君が代わりに出席してくれないか?」
「えっ? 私がですか?」
部長席に呼ばれた俺に経理部長の言葉は予期せぬ事で、思わず聞き返してしまった。
「あぁ。勿論、資料は高田さんが作ってくれているから、この内容を報告してくれるだけでいいから」
「はい。承知しました」
手渡された書類を受け取って席に戻り、早速、書類を広げて見ていたが、ある考えが浮かんでいた。
このまま、この書類内容を役員経営会議で読み上げるのは当然の事。しかしながら、この内容では到底、会社の危機管理のカンフル剤になるとは思えない。社外公認会計士故のことと片付けてしまえばそれまでの事だが、社員であり会計士でもある自分に課せられた立ち位置、ずっと温めてきた自社に対する思いと経営方針についての一石を投じる願ってもないチャンスなのではないだろうか。書類に目を通しながら資料を片っ端から集め、来週に迫った役員経営会議に発表する高田さんの書類内容とは別に、自分自身の経営方針大枠の準備を始め、土、日を除いたあと3日しかない時間との戦いの中で、毎晩、終電で帰り、帰ってからも持ち帰った資料からの抜粋作業とレジメの作成に追われていた。
「貴博。昨日も遅かったみたいね」
「あぁ」
「身体、壊さないようにしなさいよ」
土曜の朝、お袋の心配そうな表情を横目で見ながら、気分転換に犬の散歩に出掛けた。どうすれば、最小限にリスク・マネージメントを抑えられるか……。人員削減はどうしても避けられない。しかしながら、ともすればその矢面に立たされる人事の担当者の苦悩を思うと、最小限に悔いとどめたい。リストラの引導を渡さなければいけない嫌な役回りを引き受けた社員は、その場から逃げ出したい衝動に駆られて自らリストラ対象となる方がましとばかりに、退職してしまうケースが多いと新聞で読んだ事があった。あの重圧は計り知れない。会社と社員との板挟みで、当事者となった者が悪者になってしまう雰囲気を作ってしまうのだから。
「お母さん。お小遣い、もっとあげてよ。お願い」